ベルギー王室御用達のゴディバを所有しているのは、ベルギーの会社ではありません。トルコの企業です。

トルコにカカオ農園はありません。気候が合わないためです。それでもこの国の会社が、ヨーロッパの老舗ブランドを持つに至りました。

トルコのチョコレートを語るには、原料の話ではなく会社の話から入る必要があります。その経緯をたどります。

カカオは育たない国

前提を押さえておきます。カカオが育つのは赤道をはさんだ狭い帯の中だけで、規則的な降雨と湿潤な気候が必要です。この条件はカカオの花は幹に咲くとカカオの産地と品種を記事別に整理で扱いました。

トルコはその帯から外れています。原料を作れない国ということになります。

ただしこれは弱点とは言い切れません。ヨーロッパのチョコレート産業も同じ条件で発達しました。オランダでココアの製法が生まれ、スイスでミルクチョコレートが生まれたのも、自国で採れない原料を前提にした話です。この構図は世界のチョコレートを記事別に整理にまとめています。

砂糖菓子の伝統はある

チョコレートの前に、この国には別の菓子の歴史があります。ロクムです。

英語では Turkish delight と呼ばれます。百科事典の説明では「でんぷんと砂糖のゲルを土台にした菓子の一群」で、ローズウォーター、マスティックガム、ベルガモット、レモンなどで風味づけされ、高級品にはナツメヤシやピスタチオ、ヘーゼルナッツ、くるみが入るとされています。

起源には議論があります。ペルシャで生まれたという説があり、トルコの Hacı Bekir 社は創業者が1777年にイスタンブールのバフチェカプ地区で店を開いたとしていますが、歴史家はこの説に異議を唱えており、でんぷんと砂糖を使う似たペルシャの製法が数世紀前からあったと指摘されています。

そしてこの菓子には、チョコレートで覆った商品も存在します。1914年に生まれた Fry’s Turkish Delightはカドバリーが販売しており、ローズウォーターの風味のロクムをミルクチョコレートで全面を覆ったものです。カナダの Big Turk も同じ構造です。

砂糖菓子を作る技術と、それをチョコレートで覆うという発想。この二つは、あとの展開と無縁ではないでしょう。

1944年、ウルケルの創業

トルコの菓子産業の中心にあるのがウルケルです。

百科事典によれば、1944年に Sabri と Asım Ülker の兄弟が創業しました。両親はクリミアからトルコへ移住した人たちです。

作っているのはビスケット、クッキー、クラッカー、チョコレートで、そのほかベビーフード、シリアル、コーヒー、乳製品、アイスクリーム、清涼飲料まで広がっています。製品は110か国へ輸出されています。

親会社はユルドゥズ・ホールディングです。2004年にはヨーロッパで「Candy Company of the Year」を受賞しています。

2008年、ゴディバを取得した

ここから話が大きくなります。年表で整理します。

年 出来事
1926年 ピエール・ドラップスがブリュッセルの自宅工房でプラリネを作り始める
1966年 キャンベル・スープがゴディバの3分の1の株式を取得
1974年 ドラップス家がゴディバの全所有権をキャンベルへ売却
2007年12月 キャンベルがユルドゥズ・ホールディングへの売却で合意したと発表
2008年3月 買収が完了。金額は8億5000万ドル

つまりゴディバはベルギー生まれですが、所有者はアメリカの食品会社を経てトルコの企業に移ったことになります。ゴディバ自体の歴史はゴディバはなぜ有名?で扱いました。

ベルギー王室御用達という称号は残っています。所有者が変わっても、ブランドが積み上げた歴史は残るということです。ベルギーのチョコレート文化そのものはベルギーチョコの特徴は?にまとめています。

2016年、pladis という枠組み

その後、事業の形が整理されます。

2016年、ユルドゥズ・ホールディングはウルケル株の51パーセントを、新設したグローバル事業の pladis へ移しました。pladis は同年に設立され、ウルケル、ゴディバのパッケージ製品事業、United Biscuits、DeMet’s をひとつにまとめた枠組みです。

規模としては、ビスケット事業で世界2位、チョコレート事業で世界7位と紹介されています。ゴディバは2024年の時点で pladis の子会社として扱われています。

トルコの菓子会社が、世界の菓子大手の一角になった。カカオを育てられない国から始まった話としては、かなりの展開です。

日本のゴディバは別の会社が持っている

日本の読者に関わる話をひとつ加えます。

2019年、韓国のプライベート・エクイティ企業 MBK Partners が、ゴディバの日本、韓国、オーストラリアにおける事業を取得することで合意しました。ニュージーランドへの将来の展開の権利と、ベルギーの生産設備も含まれます。取引額は10億から15億ドルと見られています。

ただしブランドの所有権は全市場でユルドゥズが保持するとされています。

所有しているもの
ユルドゥズ・ホールディング ゴディバのブランド(全市場)
MBK Partners 日本・韓国・オーストラリアの事業

つまり日本の売り場に並ぶゴディバは、ブランドはトルコ企業のもの、事業運営は韓国のファンドが取得したものという構図になっています。店頭からは見えない話です。

トルコのチョコレートを店で見かけるか

日本の売り場で、この国の製品に出会う機会はあるのでしょうか。

輸入食品を扱う店では、ウルケルのビスケットやウエハースが並ぶことがあります。チョコレートで覆ったウエハースは同社の主力のひとつで、110か国へ輸出されている製品群に含まれます。輸入品の傾向はカルディ チョコレートおすすめ20選で扱いました。

ロクムは土産物店や輸入食品店で見かけます。チョコレートで覆ったものもあり、砂糖菓子とチョコレートの組み合わせとして食べ比べる価値があります。

そして最も身近なのがゴディバです。トルコのチョコレート産業に触れているという意識なしに、多くの人がその製品を買っています。ブランドの国籍と会社の国籍が違うと、こういうことが起きます。

原料を持たない側が強くなる構図

トルコのチョコレートの歩みは、この産業の性質を見せてくれます。

カカオを育てる国は、収穫した豆を売ります。価格は相場で決まり、加工の利益はそこには残りません。一方で豆を買う側は、焙煎し、配合し、名前を付けて売ります。付加価値が生まれるのは加工とブランドの側です。

ウルケルが伸びたのも、ゴディバを取得できたのも、この構造の上にあります。原料を持たないことは不利ではなく、加工とブランドに専念できるという意味でもありました。

同じ構図はヨーロッパ全体に当てはまります。スイス、ベルギー、フランス、オランダ。チョコレートで名を知られた国のどこにも、カカオ農園はありません。

この偏りを変えようとする動きもあります。産地で加工まで行う取り組みはダイレクトトレードチョコレートとは?とフィリピンのチョコレートで扱いました。豆を売るのではなく、板チョコにして売るという方向です。

消費する国が、作る国を買う

この流れを整理すると、ひとつの見方が出てきます。

カカオを育てる国は赤道付近に集まっています。一方でブランドを所有し、値段を決める側は別の場所にいます。トルコの例は、原料を作らない国が、原料を使う技術のほうを買ったという形です。

産地の側が置かれている状況はカカオ農家の現状で扱いました。同じカカオから作られた製品でも、どこに利益が残るかは所有の構造で決まります。

ゴディバの箱にはベルギーの歴史が書かれています。その裏側には、トルコの創業家とアメリカの食品会社と韓国のファンドが並んでいる。菓子の産地表示と、会社の国籍は別のものだということになります。

近年トルコ系の菓子として話題になったものにはドバイチョコレートとは?で扱った商品もあります。中東と地中海の菓子文化が、いま改めて注目されている流れの中にあります。

次にゴディバの箱を手に取ったら、ベルギー王室御用達という文字の後ろに、この所有の歴史があることを思い出してみてください。

参考文献

※企業の所有関係や事業の枠組みは変更されることがあります。最新の情報は各社の公式発表でご確認ください。