カカオの実が木の幹に直接ついている写真は、見たことがある人もいるかもしれません。では、その前の段階である花はどこに咲くのでしょうか。

答えは、実と同じ場所です。カカオの花は枝の先ではなく、幹や古い枝から直接咲きます。そして咲いた花のうち、実になるものはごくわずかです。

花は、幹から直接咲く

英語版の百科事典は、カカオの花について「幹と古い枝に直接、房になってつく。これは幹生花として知られる」と説明しています。日本語版も「幹生花」という語を使い、房状につくと記しています。

幹生花とは、枝の先ではなく幹や太い枝から花が咲く性質を指す言葉です。カカオの花はこの性質を持っています。多くの樹木は、その年に伸びた若い枝の先に花をつけます。カカオはその常識から外れています。

実が幹につく点についてはカカオとチョコレートの違いで触れました。実だけが特別なのではなく、そもそも花の段階から幹に咲いているということになります。

花は小さい

花の大きさについては、資料によって記述に幅があります。

英語版の百科事典は「小さく、直径1〜2センチメートル」で、萼はピンク色だとしています。一方、日本語版は「直径3センチメートル程度の白い幹生花」で、品種によって赤色から黄色味を帯びるとしています。

数字は割れていますが、カカオの花について両方に共通しているのは「小さい」ということです。数センチに収まる大きさで、房になって幹を覆うように咲きます。桜や梅のように遠くから目を引く花ではありません。

この小ささが、次の話に直結します。

受粉するのは、ヌカカの仲間

カカオの花は小さいため、小さな虫しか入れません。

英語版の百科事典によれば、カカオの花を受粉させるのは Forcipomyia というヌカカの仲間の小さな虫です。同じ資料は、この自然の送粉者を使ったほうが人工的な方法より多くの実がついたとも記しています。

ここが、カカオという植物の弱点になっています。受粉の成否が、特定の小さな虫がいるかどうかに左右されるからです。

ミツバチが訪れる花であれば、送粉者は豊富で目にも見えます。ヌカカの仲間はごく小さく、増減を人の手で管理することは簡単ではありません。花そのものが小さいことも、受粉の難しさにつながっています。

6000の花から、20個の実

数字にすると、この難しさがはっきりします。

英語版の百科事典は、成木は年に6000もの花をつけるが、実るポッドは20個ほどだと記しています。日本語版は「結実率は1%未満」と書いています。

6000のうち20であれば、単純に割れば0.3パーセント台です。二つの資料は、表現は違っても同じ水準のことを言っています。

数
1本の成木がつける花 年に6000ほど
実(ポッド)になる数 20ほど
結実率 1パーセント未満

つまり99パーセント以上の花は、実にならずに落ちるわけです。花を咲かせることに使った養分の大半は、実には結びついていません。

実をつけるまで4〜5年

時間もかかります。

英語版の百科事典は「木は4年か5年で実をつけ始める」とし、日本語版も「樹齢4年程度で開花」としています。苗を植えてから収穫が始まるまで、数年は待たなければなりません。

農作物として見ると、これは重い条件です。価格が上がったからといって、すぐに増産できません。植えてから実るまでの数年は、どうやっても縮められないからです。

逆に、価格が下がって木を切ってしまえば、戻すのに同じ年数がかかります。カカオの価格が動きやすい理由のひとつがここにあります。背景はチョコレート値上げの理由にまとめました。

木はそれほど大きくならない

樹高についても資料に幅があります。英語版の百科事典は6〜12メートル、日本語版は4.5〜10メートル程度としています。

いずれにしても、林の中で見上げるような巨木にはなりません。日本語版には標高300メートル程度の丘陵地に自生するという記述があり、規則的な降雨と排水のよい土壌、湿潤な気候が必要だとされています。

高く伸びない木の幹に、小さな花が房になって咲く。実を収穫するのに高い足場が要らないのは、この性質のおかげでもあります。

栽培に条件が要ることは、産地が赤道付近に偏っていることと結びついています。品種ごとの違いはカカオ豆の品種の違いと特徴で扱いました。

結実率の低さが、値段に関わる

生態の話は、売り場の値段につながっています。

1本の木から取れる実が20個ほどという前提があり、植えてから4〜5年待つ必要があり、受粉は小さな虫に頼っている。この三つが重なれば、生産量を急に増やすことは難しくなります。

制約 内容 効いてくるところ
結実率 1パーセント未満 1本から取れる量が限られる
待ち時間 植えて4〜5年 需要に即応できない
受粉 小さな虫に頼る 人の手で管理しにくい

カカオ農家が置かれている状況についてはカカオ農家の現状で扱いました。手間に対して取れる量が少ない作物であることは、その背景のひとつになっています。

人の手で受粉させても、かなわない

受粉が難しいなら、人の手でやればいいと考えたくなります。実際に試みられてきました。

ところが英語版の百科事典には、自然の送粉者であるヌカカの仲間を使ったほうが、人工的な方法より多くの実がついたという記述があります。人が筆で花粉を運ぶより、小さな虫に任せたほうが成績がよかったということです。

理由をこの資料は明言していませんが、花の作りを考えれば見当はつきます。数センチの花の奥に、人の指や道具が入る余地がない。小さな虫は花の中を歩き回れますが、外から花粉を置くだけでは同じことにならない可能性があります。

数の問題もあります。1本の木に年6000の花が咲き、それが何百本も植わっている農園で、すべての花を人が回るのは現実的ではありません。虫は無償で、しかも同時に働いているわけです。

農園の周囲の環境を保つことが収量に関わるのは、このためでもあります。送粉者がいなくなれば、代わりを人が務めるのは難しいということになります。

なぜ全部実らないのか

99パーセント以上が落ちると聞くと、無駄が多いように思えます。ただ、木の側から見ると事情が違うのかもしれません。

仮に6000の花すべてが実になったとしたら、幹は支えきれないはずです。カカオの実は手のひらに収まらない大きさになります。それが数千個、幹に直接ぶら下がる状態は成立しません。

多くの花を咲かせて、そのうちわずかを実らせる。これは無駄というより、確率を確保するやり方だと考えられます。受粉が小さな虫に頼っている以上、咲く数を増やすほうが確実性は上がります。

言い換えれば、花の数の多さと結実率の低さは、同じ仕組みの表と裏ということになります。受粉しにくいから数で補い、数で補うから大半が落ちる。

人の側にとって都合が悪いのは、この仕組みが収穫量を増やしにくくしている点です。木を増やすほかに打つ手が少なく、その木も4〜5年待つ必要があります。

花を見る機会

日本でも、温室のある植物園でカカオの木を見られる場所があります。日本語版の百科事典には、5月以降に開花することが多いという記述があります。

見る機会があれば、幹を注意して眺めてみてください。カカオの花は目立たないので、探さないと気づきません。枝先ではなく、太い幹の表面に小さな花が点々とついているはずです。

同じ位置で花が咲き、実がなり、また花が咲く。この繰り返しが、幹生花という性質の意味するところです。

一粒の後ろにある確率

板チョコの原料になるまでの工程はチョコレートができるまでにまとめました。焙煎や摩砕はその後半の話で、その手前には受粉という関門があります。

6000の花が咲いて、20個が実る。この割合を知っていると、売り場の見え方が少し変わります。カカオが高価な作物であることには、農業の事情だけでなく、この植物そのものの作りが関わっています。

次にチョコレートを食べるとき、その一粒の後ろに落ちていった花のことを思い出してみてください。数として残らなかった花のほうが、圧倒的に多いのです。

この条件の外でも、育てている人たちがいます。小笠原と沖縄で収穫されている国産カカオを別の記事にまとめました。

参考文献

※花の大きさや樹高は資料によって記述に幅があります。本文では両方の数値を併記しました。