カカオは赤道付近でしか育たない、とよく言われます。実際そのとおりで、日本のほとんどの地域は栽培に向きません。
それでも国産カカオは存在します。小笠原諸島と沖縄で、実際に収穫されています。数はまだ少ないものの、商品にもなりました。
なぜ日本では育ちにくいのか
前提を押さえます。カカオが育つのはカカオベルトと呼ばれる地域です。
百科事典の記述では、カカオノキは「通常、カカオベルトと呼ばれる地域でしか栽培されない」とされています。高温多湿で、規則的な降雨が必要な作物です。詳しい条件はカカオの産地と品種を記事別に整理にまとめました。
日本の本土はこの帯から大きく外れています。冬の寒さが決定的な障害になります。
同じ理由で失敗した例も記録されています。百科事典には、台湾での栽培について「冬の寒さや風の強さなど気候が合わず、成果が出なかった」という記述があります。これは過去の試みについてのもので、近年の台湾南部での栽培は別の話です。その現状は台湾のチョコレートで扱いました。
気候の壁は、同じ場所でも時代と技術で越えられることがあるということになります。
小笠原諸島の母島
国内で成果が出ている地域のひとつが小笠原諸島です。
百科事典によれば、国内でのカカオ栽培は「亜熱帯に属す小笠原諸島の母島と琉球諸島の沖縄などで行われている」とされています。
母島では平塚製菓がカカオ栽培を行っており、2019年に母島産カカオを使用した自社初の市販品「東京カカオ」を限定発売しました。
小笠原は東京都です。つまり「東京産のカカオ」という表現が成り立ちます。商品名がそれを示しています。
母島は本土から船で丸一日かかる島ですが、行政区分の上では東京都小笠原村です。行政の区分と気候の区分が一致していないことが、この商品名を成立させています。
沖縄の大宜味村
もうひとつが沖縄です。
百科事典には、ローカルランドスケープ社の川合径が大宜味村でカカオ栽培を開始し、2021年にカカオの木が結実してこの年は60個、翌2022年には100個超を収穫したと記されています。
| 年 | 収穫 |
|---|---|
| 2021年 | 60個 |
| 2022年 | 100個超 |
数を見ると規模が分かります。カカオの実1個に豆が30〜40粒入るとされるので、100個でも豆は3,000〜4,000粒程度です。板チョコに換算すれば限られた枚数になります。
沖縄で豆から板チョコまでを手がける作り手についてはタイムレスチョコレートで扱いました。
注意したいのは、沖縄に作り手があることと、沖縄でカカオが育つことは別の話だという点です。沖縄の工房も、原料の大半は輸入した豆です。国産カカオを使った商品は、そのうちのごく一部にとどまります。
伊豆の温室栽培は約50年前から
意外に歴史があるのが温室での研究です。
百科事典には、伊豆で東京大学樹芸研究所とメリーチョコレートが共同研究を行っており、「温泉の熱を利用した温室でカカオを栽培する研究を約50年前から行っていた」と記されています。
温泉の熱という発想が日本的です。カカオが必要とする高温多湿を、地熱で作り出すという考え方になります。熱源が足元にあるなら、使わない理由はありません。
ただし温室栽培には費用がかかります。暖房を一年中動かして育てた豆は、産地から輸入した豆と価格で勝負できません。商業的な生産とは別の目的で行われていると見るのが実際に近いでしょう。
栽培の壁はどこにあるのか
日本でカカオを育てるときに立ちはだかる条件を整理します。
冬の気温。これが最大の壁です。カカオは低温に弱く、気温が下がると生育が止まり、枯れることもあります。本土で露地栽培ができない理由はここにあります。
湿度。高温多湿を好む作物なので、乾燥した冬の空気も負担になります。温室が必要になるのは温度と湿度の両方のためです。
風。葉が大きく薄いので、強い風で傷みます。台湾での過去の試みが「冬の寒さや風の強さ」で成果が出なかったとされているのは、この点も含まれます。
日陰。自生地では背の高い木の下で育つ植物です。直射日光が強すぎると育ちません。産地では日陰を作る木を一緒に植える方式が取られます。
そして時間。苗から実をつけるまで4〜5年かかります。生態の詳細はカカオの花は幹に咲くにまとめました。試行の一回ごとに数年を要するため、条件を探る作業そのものに年月がかかります。
亜熱帯の島が選ばれる理由
小笠原と沖縄に取り組みが集まっているのは、この条件のうち気温の壁がいちばん低いからです。
どちらも亜熱帯に属し、冬でも本土ほど気温が下がりません。露地または簡単な設備で越冬できる可能性があります。温室を一年中動かす費用が要らなければ、採算の見通しが変わります。
ただし台風という別の問題が加わります。沖縄も小笠原も台風の通り道で、強風は葉と実の両方を傷めます。どの島でも条件が揃うわけではないことになります。
数は少なくても意味がある
国産カカオの量は、世界の生産量と比べると無視できる水準です。それでも取り組みが続くのには理由が考えられます。
栽培を知ることができます。豆を買う立場では、発酵や乾燥の条件を自分で動かせません。木を育てていれば、収穫から発酵までを自分の手で試せます。発酵が味を決める仕組みはカカオハスクとカカオパルプで扱いました。
産地と同じ立場に立てます。カカオ農家が置かれている状況はカカオ農家の現状にまとめましたが、育てる側の難しさは育ててみないと分かりません。
物語になります。国産であること自体が商品の個性になります。産地で加工まで行う動きと同じ構図で、Bean to Barチョコレートとは?やダイレクトトレードチョコレートとは?で扱った方向と地続きです。
「国産」の範囲に注意
言葉の使い方で注意したい点があります。「国産チョコレート」と「国産カカオ」は別物です。
国内で製造したチョコレートは、原料のカカオが輸入でも「国内製造」と表示されます。表示の仕組みは「チョコレート」と「準チョコレート」の違いにまとめました。
カカオ自体が国産であるものは、現状ごく限られています。「オール国産」を名乗る商品があれば、それは相当に珍しいものだということになります。
買えるのか
結論から言うと、常時入手できるものではありません。
母島産カカオを使った商品は限定発売でした。沖縄の収穫量も年間で100個規模です。量産される段階にはありません。発表があったときに動くしかない、という扱いになります。
関心があれば、各事業者の発表を追うのが確実です。産地を選んで味わいたい場合は、まず輸入豆の産地別の商品から入るほうが現実的です。入口は明治 ザ・チョコレートとはにまとめました。
気候の外側で育てるということ
まとめると、国産カカオは条件の悪い場所で育てる試みです。
小笠原と沖縄という亜熱帯の島、そして温泉の熱を使った温室。いずれもカカオベルトの外で、本来なら育たない場所です。それでも2019年には商品が出て、2021年と2022年には沖縄で収穫が続きました。
次に「国産カカオ」という言葉を見たら、それがどこで採れたものかを確かめてみてください。日本でカカオが実る場所は、まだ数えられるほどしかありません。
参考文献
※栽培や商品化の状況は変わります。最新の情報は各事業者の発表でご確認ください。
