毎年1月になると、百貨店の催事場に世界中のチョコレートが並びます。行列ができ、整理券が配られ、開場前から人が集まる。サロン・デュ・ショコラです。

いまでは冬の風物詩のように語られますが、この催事が日本で始まったのは2003年のことです。もとをたどればパリで生まれたもので、チョコレートを「買う場所」ではなく「見に行く場所」に変えたイベントでもあります。

パリで始まった催事

始まりはフランス・パリです。開催は1994年に始まったとされています。資料によっては1995年とするものもあり、年については記述に幅があります。

フランス外務省の後援のもとで開かれてきた催事で、単なる物産展とは位置づけが違います。国が関わる文化行事としての性格を持っていることになります。

チョコレートはフランスにとって、菓子であると同時に技術と文化の対象でもあります。国家最優秀職人章という制度がショコラティエにも開かれていることは、その表れのひとつです。この仕組みについてはフランスチョコ(ショコラ)の特徴で扱っています。

日本の始まりは2003年、伊勢丹新宿店

日本での初開催は2003年、会場は伊勢丹新宿店でした。以来、開催時期は1月から2月にかけてで固定されています。

年 出来事 場所
1994年 開催が始まる(資料により1995年とするものもある) パリ
2003年 日本で初開催 伊勢丹新宿店
2009年以降 開催地が加わる 北京
2010年 さらに開催地が加わる 上海、サウジアラビア

かつてはパリ、ニューヨーク、東京、モスクワで開かれていたものが、2009年以降は北京、2010年には上海やサウジアラビアへと広がりました。チョコレートの消費が伸びている地域へ、催事のほうが動いていった形です。

日本国内でも、いまでは東京だけでなく各地の百貨店で同じ名前の催事が開かれています。

なぜ1月から2月なのか

開催時期には、はっきりした理由があります。バレンタインデーの直前だからです。

日本ではバレンタインにチョコレートを贈る習慣が定着しており、この時期は一年でチョコレートがもっとも動きます。百貨店にとっては、売り場を大きく取る価値のある期間です。贈る時期の全体像はチョコレートを贈る時期|月別の年間カレンダーにまとめました。

冬であることにも理由があります。チョコレートは気温が上がると扱いが難しくなる食品です。持ち運びのことを考えれば、寒い時期に売るほうが理にかなっています。夏に同じ規模の催事を開くのは、品質の面で無理があります。

作り手の名前が前に出た

この催事が持ち込んだのは、売上だけではありません。作り手の名前を前に出すという売り方です。

それまで多くの人にとって、チョコレートはブランドで選ぶものでした。そこに、どこの誰が作ったのかという情報が加わります。ショコラティエ本人が会場に立ち、産地や配合を説明することもあります。菓子を、作った人の顔とともに買うという体験が、百貨店の売り場に持ち込まれました。

産地によって味が違うこと、カカオの比率で性格が変わること。こうした見方は、いまでは珍しくありません。世界の作り手が並ぶ場所を毎年目にすることで、少しずつ共有されてきた部分があります。

自分のために買う、という変化

もうひとつ見逃せないのが、買う目的の変化です。

バレンタインのチョコレートは、本来は誰かに贈るものでした。ところがこの種の催事では、自分で食べるために買う人が目立ちます。高価な一粒を、自分のために選ぶ。そういう買い方が普通になりました。

贈り物としてのバレンタイン商戦についてはバレンタインチョコレート|本命・義理・自分用おすすめで扱っています。「自分用」という区分が当たり前に並ぶようになった背景には、こうした催事の存在があります。

世界中の作り手が一堂に並ぶ場所では、比べて選ぶことができます。比べるからには、自分の好みを知る必要がある。贈り物の商戦が、味を学ぶ場に変わっていったとも言えます。

混雑という宿命

人気が定着したことで、会場は毎年かなりの混雑になります。

入場方法や販売の仕組みは年ごとに見直されており、事前の予約や整理券、オンラインでの販売が組み合わされることもあります。行けば買える催事ではなくなっているという点は、出かける前に知っておいたほうがよいところです。

具体的な日程や入場の方法は年によって変わるため、開催前に主催する百貨店の案内を確認するのが確実です。とくに人気のブランドは早い時間に売り切れることがあります。

行く前に決めておくとよいこと

限られた時間で見て回るなら、先に決めておくと動きやすくなります。

予算の上限を決めておくこと。一粒あたりの価格が普段の買い物とは違うため、数を手に取るうちに合計が読めなくなります。

誰のために買うのかをはっきりさせること。贈るためなのか、自分で食べるためなのかで、選ぶ基準が変わります。贈り物なら日持ちと見た目、自分用なら味の好みが優先されます。

持ち帰りの時間を考えること。会場は暖房が効いていて、そこから電車で持ち帰ることになります。移動が長くなる場合は、購入を最後に回すほうが安全です。持ち帰りと保存の考え方はチョコレートの正しい保存方法にまとめています。

百貨店の催事という仕組み

そもそも百貨店の催事は、期間を区切って売り場を作る仕組みです。常設の売り場とは条件が違います。

常設の店を出すには、一年を通して売れ続けることが前提になります。家賃も人も必要です。小さな工房や海外の作り手にとっては、簡単に踏み出せる話ではありません。

期間限定であれば、その負担は数週間分で済みます。常設では成り立たない規模の作り手でも、売り場に並べるわけです。世界中のショコラティエが一堂に会するという状況は、この仕組みがあって初めて成立します。

買う側から見れば、普段は出会えないものが一度に並ぶ場所になります。旅行しなければ買えなかったものが、同じ階に集まっている。催事の価値は、品揃えそのものより、集まっていることのほうにあるとも言えます。

オンラインという入り口

近年は、会場に足を運ばない買い方も用意されるようになりました。主催する百貨店のオンラインストアに特集のページが設けられ、そこから購入できる仕組みです。

会場の混雑を避けたい人や、遠方に住んでいる人にとっては現実的な選択肢になります。一方で、実演や説明を受けながら選ぶという体験は、その場でしか得られません。

どちらが良いという話ではなく、目的によって使い分けるものでしょう。目当てのブランドが決まっているならオンライン、知らないものに出会いたいなら会場、という具合です。

催事が残したもの

サロン・デュ・ショコラが日本にもたらしたものを一言でまとめるなら、チョコレートを味わいの対象として扱う視点でしょう。

パリで生まれ、2003年に日本へ来て、いまも冬のデパートで続いている。一年に数週間だけ現れる売り場が、チョコレートの見方を少しずつ変えてきたことになります。

次の冬、催事場に立ち寄る機会があれば、並んでいる名前の一つひとつが作り手の名前であることを思い出してみてください。ブランドの棚を眺めるのとは、少し違う景色が見えてくるはずです。

なお、この催事は毎年少しずつ形を変えています。会場の構成も、入場の方法も、去年と同じとは限りません。出かける前に最新の案内を確かめておくと、当日の動き方が決めやすくなります。

日本の作り手がこの舞台に立つこともあります。静岡のお茶屋が手がける抹茶チョコレートを濃さで7段階に分けた商品は、2019年のパリ会場で初めて披露されました。抹茶を日本の内側の素材としてではなく、世界のチョコレートの文脈に置いた例です。

参考文献

※開催時期、会場、入場方法は年によって異なります。最新の情報は主催する百貨店の公式案内でご確認ください。