ポーランドのチョコレートというと、思い浮かぶ名前は多くないはずです。スイスやベルギーのようには知られていません。

ただこの国には、1851年創業の菓子会社があります。そして現在、その会社を所有しているのは韓国のロッテです。ポーランドのチョコレートをたどると、ブランドと所有者が別物であることがはっきり見えてきます。

1851年、ワルシャワで創業

ポーランドのチョコレートを代表するのがヴェデルです。

百科事典によれば、1851年に Karl Ernst(ポーランド語で Karol Ernest)Wedel(1813〜1902)によって創業され、場所はワルシャワでした。

百七十年を超える歴史があります。ヨーロッパの菓子会社としても古い部類で、ベルギーのゴディバが1926年創業であることを考えると、七十五年ほど先を行っていることになります。ゴディバの歩みはゴディバはなぜ有名?にまとめました。

国民的ブランドという位置

同じ資料は、ヴェデルを「ポーランドの国民的チョコレートブランド」と紹介し、ポーランドの菓子市場で2005年に約14パーセント、2007年に11.7パーセントを占めていたと記しています。「ポーランドの生産者のなかで主導的な菓子ブランド」という記述もあります。

一国の菓子市場で一割を超えるというのは、相当な存在感です。日本で言えば、特定の菓子メーカーがその規模を単独で持っている状態にあたります。

この数字が示しているのは、国内で知らない人がいないという状態です。輸出で名を知られたブランドとは、成り立ちが違います。ゴディバやリンツが世界の売り場を前提に広がったのに対し、ヴェデルはポーランド国内の日常の菓子として積み上げてきました。

「鳥のミルク」という名物

代表商品として挙げられているのが Ptasie mleczko です。直訳すると「鳥のミルク」になります。

百科事典の説明では、「マシュマロのような中身を持つチョコレート菓子」とされています。やわらかい中身をチョコレートで覆った構造です。

この構造は日本の菓子にもあります。やわらかいものをチョコレートで包む形についてはチョコマシュマロはなぜ合うのかで扱いました。国が違っても、同じ答えにたどり着いている例のひとつです。

なぜこの形が各国で生まれるのかというと、チョコレートの性質に理由があります。やわらかい中身は手に付きますが、チョコレートで覆えば持てるようになります。そして冷えると固まるので、包装に頼らず形を保てます。やわらかいものを運べるようにするという課題に対して、チョコレートはそのまま答えになっています。

ほかの人気商品として Torcik Wedlowski、Krówka、Delicje Szampańskie が挙げられています。

所有者は何度も変わっている

ここからが本題です。この国民的ブランドの所有者は、何度も入れ替わっています。

年 出来事
1851年 ワルシャワで創業
1991年 ペプシコが取得
1999年 キャドバリー・シュウェップスが7,650万ドルで取得
2010年6月 韓国のロッテへ売却

2010年の売却は、クラフトフーズがキャドバリーを買収した後に行われたものです。買収した側が事業の一部を手放す過程で、ヴェデルが切り出された形になります。

つまりポーランドの国民的ブランドは、アメリカの飲料会社、イギリスの菓子会社を経て、韓国の企業の傘下に入りました。

ロッテのチョコレート商品はロッテのチョコレート全種類にまとめています。日本の売り場で見るロッテと、ポーランドのヴェデルが同じ資本の下にある、という関係です。

ブランドの国籍と会社の国籍

この構図は、チョコレートの世界では珍しくありません。

直前に扱った例があります。ベルギー王室御用達のゴディバを所有しているのはトルコの企業です。経緯はトルコのチョコレートで扱いました。

ブランド 生まれた国 現在の所有
ヴェデル ポーランド 韓国(ロッテ)
ゴディバ ベルギー トルコ(ユルドゥズ)

どちらも、ブランドが積み上げた歴史はその国に属し、所有は別の国にあるという形です。

パッケージに書かれているのは、創業の年と土地です。会社の国籍は書かれません。消費者が目にするのはブランドの顔のほうで、資本の流れは見えないということになります。

カカオは育たない

もうひとつ押さえておくことがあります。ポーランドにカカオ農園はありません。

カカオが育つのは赤道をはさんだ狭い帯の中だけです。条件はカカオの産地と品種を記事別に整理にまとめました。ポーランドはその帯から遠く外れています。

これはヨーロッパ全体に当てはまります。スイス、ベルギー、フランス、オランダ、そしてポーランド。チョコレートで名を知られた国のどこにも、原料の産地はありません。

この構図は世界のチョコレートを記事別に整理で扱いました。作る国と食べる国が分かれているという、この産業の基本的な性質です。

百七十年続いた会社に起きたこと

所有者が四度も変わりながら、ブランドは残りました。なぜでしょうか。

考えられるのは、買う側が欲しかったのはブランドだったということです。工場や設備は作れますが、百七十年の歴史と国内一割のシェアは買うしかありません。

ペプシコ、キャドバリー、そしてロッテ。いずれもポーランド市場に入る手段としてヴェデルを選んだと見られます。自社ブランドを持ち込んで一から広めるより、既にある名前を買うほうが早い。菓子の世界ではよくある判断です。

この見方に立つと、所有者が変わってもブランド名が維持される理由もはっきりします。名前を変えてしまえば、買った価値が消えます。

日本から見たときの距離

日本の売り場でこの国の菓子に出会う機会は限られています。

輸入食品店で、鳥のミルクやチョコレートの箱が並ぶことがあります。ただし常時扱われているとは言えません。通販で探すほうが確実な場合もあります。お取り寄せの考え方はチョコレートのお取り寄せ人気ランキングにまとめました。

土産として持ち帰る場合は、日持ちと持ち運びの温度を確認してください。やわらかい中身を持つ菓子は、気温が上がると形が崩れます。チョコレートが溶ける温度の性質はチョコレートが溶ける温度は何度?で扱いました。

海外から持ち帰る際の一般的な注意は海外旅行のチョコレートお土産完全ガイドにまとめています。

名前だけが残るという形

まとめると、ポーランドのチョコレートの歩みは名前の強さの話です。

1851年にワルシャワで始まり、国民的ブランドと呼ばれるようになり、所有者は四度入れ替わった。それでもヴェデルという名前は消えていません。

チョコレートの箱に書かれているのは、創業の年と土地です。会社の国籍ではありません。どちらを見るかで、同じ商品が違って見えます。

東欧という位置

ポーランドのチョコレートが日本であまり知られていないのには、流通の事情があります。

西欧のブランドは早い時期から日本へ入りました。ゴディバは1972年に日本進出しています。一方で東欧の菓子は、輸入食品店で見かける程度にとどまっています。輸入品の傾向はカルディ チョコレートおすすめ20選で扱いました。

知られていないことは、品質とは別の話です。百七十年続いた会社が国内市場の一割を押さえているという事実のほうが、味について多くを語っています。

旅先で見かけたら、鳥のミルクという名前の菓子を探してみてください。やわらかい中身をチョコレートで包むという、どこの国でも成立する発想がそこにあります。

参考文献

※企業の所有関係や市場シェアは変動します。最新の情報は各社の公式発表でご確認ください。