チョコレートの入ったクロワッサン生地のパン。これを何と呼ぶかで、フランスでは長年もめています。
パン・オ・ショコラ(pain au chocolat)か、ショコラティーヌ(chocolatine)か。日本では「チョコクロワッサン」と呼ばれることも多く、同じものを指す言葉が三つ以上あるという状態です。
呼び名がこれだけ割れるのは、単に方言の問題ではありません。この一品が地域の帰属意識と結びついているからです。
フランスでは、地域で呼び名が違う
まず地図で押さえます。
| 地域 | 呼び名 | 補足 |
|---|---|---|
| パリを含む大半の地域 | パン・オ・ショコラ | 全国的にはこちらが多数派 |
| 南西部(トゥールーズ、ボルドーなど) | ショコラティーヌ | 地元では譲らない呼び方 |
| 北部・東部の一部 | プティ・パン・オ・ショコラ | 「小さなパン」を意味する |
| 三日月形のもの | クロワッサン・オ・ショコラ | 形が違えば名前も変わる |
パリで「ショコラティーヌをください」と言えば通じないこともあり、逆に南西部で「パン・オ・ショコラ」と言うと訂正されることがあるといいます。どちらが正しいという話ではなく、育った土地がそのまま出る言葉なのです。
2018年、国民議会で取り上げられた
この対立がどれほど本気かを示す出来事があります。2018年、フランスの国民議会でこの呼び名が議論の場に持ち込まれました。
パンの呼び方が国政の場に上がるというのは、外から見れば奇妙に思えます。けれど食が文化の中心にある国では、呼び名は文化的な主張そのものです。自分たちの言葉を守るという意思表示として扱われたわけです。
日本にも似た構図はあります。同じ食べ物を地域で違う名で呼び、どちらが本来かでもめる。その感覚を思い出すと、この論争の温度が想像できます。
そもそも何が違うのか
呼び名の話が先に立ちますが、モノとしての定義も確認しておきます。
生地はクロワッサンと同じです。バターを折り込んだ層のある生地を使います。違うのは形と中身です。
- 形:クロワッサンは三日月形に巻く。こちらは四角く成型する
- 中身:生地の中に、棒状のチョコレートが二筋入る
つまりこの品は、同じ生地を別の形にしてチョコレートを包んだものです。三日月形に巻いたものは「クロワッサン・オ・ショコラ」と呼ばれることもあり、ここでも呼び名が増えます。
誕生は1830年代とされ、名前はそのまま「チョコレート入りのパン」を意味します。飾りのない、事実をそのまま述べた名前です。
チョコレートは板ではなく棒
見落とされやすいのが、中に入るチョコレートの形です。板チョコを切ったものではなく、焼成に耐えるように作られた棒状のチョコレートが使われます。
理由は温度です。オーブンで焼くあいだ、普通のチョコレートは完全に溶けて生地に染み、形が残りません。焼いても筋として残るには、溶けにくい配合である必要があります。
この考え方は、用途に合わせて配合を変えるという発想そのものです。「チョコレート」と「準チョコレート」の違いで扱っている、目的から逆算した設計の話とつながります。
日本では「チョコクロワッサン」
日本ではこの品を「チョコクロワッサン」と呼ぶことが一般的です。形が四角くても、クロワッサン生地であることから名前がついています。
短縮した「チョコクロ」という呼び方も広く知られていますが、これはカフェチェーンの商品名として定着したもので、一般名詞ではありません。呼び名がさらに一つ増えたことになります。
日本の菓子パンには、もともと国内で独自に発展した系譜があります。あんパンやクリームパン、そしてチョココロネのように、西洋のパンという素材を日本の菓子の感覚で作り替えたものです。こちらはその逆で、フランスの品をそのまま受け入れ、名前だけを日本語風に整えた例といえます。
同じチョコレート入りの菓子パンでありながら、成り立ちがまったく違うわけです。
クロワッサンとの関係を整理する
同じ生地から作られる三つを並べると、関係がはっきりします。
| 形 | 中身 | 生地 | |
|---|---|---|---|
| クロワッサン | 三日月形に巻く | なし | 折り込み生地 |
| パン・オ・ショコラ | 四角く成型する | 棒状チョコ2本 | 折り込み生地(同じ) |
| チョココロネ | 円錐形に巻く | クリームを後から詰める | パン生地(別) |
注目してほしいのは、チョココロネだけ生地が違うことです。コロネは折り込み生地ではなく、通常のパン生地を巻いて焼き、焼き上がってから中にクリームを詰めます。見た目は似た系統に見えても、作り方は別系統です。
一方、クロワッサンとこちらはまったく同じ生地から作られます。同じ生地を三日月に巻くか、四角く畳むか。その選択だけで別の名前の品になります。店の作業としては同じ生地から二種類が生まれるため、朝のパン屋に両方が並ぶのは自然なことです。
なぜ四角いのか
三日月形にしなかった理由も、中身から説明がつきます。
巻いてしまうと、棒状のチョコレートを均等に配置できません。三日月形は端が細くなるため、そこにチョコレートを入れると偏ります。四角く畳めば、二本を平行に並べたまま包めます。
つまり形は装飾ではなく、中身を等しく分けるための構造です。冒頭で触れた「二筋」という配置は、この形と一体になっています。断面を見たときに二本が並んでいるのは、こう作るしかなかった結果です。
同じ発想は他の菓子パンにも見られます。中身の性質が形を決めるという関係は、チョココロネでクリームの注入方向が形を決めていたのと同じ構図です。
朝に食べる理由
フランスではこの品は朝食の定番として扱われます。菓子というより朝のパンという位置づけです。
理由のひとつは、折り込み生地の性質にあります。バターの層は焼き上がりから時間が経つほど落ち着き、湿気を吸って層が甘くなります。焼きたてに近いほど価値が高いため、朝の時間帯に売られ、その日のうちに食べられます。
もうひとつは、チョコレートの量が控えめだからでしょう。板チョコを一枚食べるのとは違い、二筋分に抑えられているため、朝から重くなりません。パンとしての満足と、チョコレートの喜びが両立する配分になっています。
日本ではおやつとして扱われることも多く、この点は受け取り方が変わった例といえます。飲み物を合わせるなら、チョコレートに合う飲み物で触れているとおり、コーヒーが定番です。焙煎の香ばしさと生地のバターがよく噛み合います。
選ぶときに見るところ
店によって仕上がりの差が大きい品でもあります。次の点を見ると、好みのものに当たりやすくなります。
層の見え方。断面に細かい層が立っているものは、生地をきちんと折り込んで焼けています。層がつぶれているものは、食感も重くなりがちです。
チョコレートの位置。二筋がしっかり離れて入っていると、どこを噛んでもチョコレートに当たります。片側に寄っているものは、味の偏りが出ます。
表面の焼き色。濃く焼けたものはバターの香りが立ちます。浅いものはやわらかく、生地の甘さが前に出ます。
温め直すなら、電子レンジよりオーブントースターが向きます。レンジは水分が回って層がしんなりし、この品のいちばんの持ち味が失われます。
名前が多いのは、愛されている証拠
パン・オ・ショコラ、ショコラティーヌ、クロワッサン・オ・ショコラ、チョコクロワッサン。ひとつの菓子パンにこれだけの名前があるのは、それだけ多くの土地で日常に入り込んでいるということです。
呼び名が割れて議論になるのは、どうでもいいものについては起こりません。国民議会にまで話が及ぶのは、それが毎朝の食卓にあるからです。
次に手に取るとき、断面の二筋を確かめてみてください。あの二本が、この品を三日月のクロワッサンと分けている境界線です。
参考文献
- パン・オ・ショコラ – Wikipedia
- パン・オ・ショコラ〜フランス発祥のパン〜|株式会社カメリヤ
- 「パン・オ・ショコラ」ではなく「ショコラティーヌ」! フランスで続くチョコパン戦争|NewSphere
※商品の仕様や呼称は店舗・メーカーによって異なります。
