小さな六角形のパイの中に、チョコレートが入っている。パイの実は、日本の菓子売り場に長く並び続けている商品です。

あらためて考えると、不思議な名前をしています。パイは木にならないのに「実」と呼ばれている。この名前には、実際に存在する木が関わっています。

1979年、ロッテから

パイの実の発売は1979年です。作っているのはロッテで、公式サイトにも「1979年生まれのパイの実」という書き方で記されています。

四十年以上売られ続けている商品ということになります。公式サイトは「サクサクパイとチョコのバランスよいおいしさが楽しめる、長年愛されているロングセラー商品」と紹介しています。

ロッテのチョコレート菓子の全体像はロッテのチョコレート全種類にまとめました。

64層という数字

この菓子を語るうえで外せないのが、パイ生地の層の数です。

公式サイトには、リニューアルにあたって「パイの実史上最高のサクサク食感に64層のパイ生地を改良」したという記述があります。64層という具体的な数字が、商品の特徴として掲げられているわけです。

この層は、開発の過程でたどり着いたものとされています。担当者が海外の機械メーカーの展示会で大型の折りパイ製造機を見つけ、そこから試作を重ねた末に決まった構造だと伝えられています。

64という数字は、折りたたみの回数を考えると理解しやすくなります。生地を二つ折りにすれば層は倍になります。折るたびに倍々で増えていくので、数回の作業で一気に数十層に達します。

折る回数 層の数 作業量
1回 2層 わずか
3回 8層 わずか
6回 64層 数回で到達する

手数そのものは多くありません。回数と層の数が比例しないところが、この作り方の面白さです。

名前は「パンノキ」から

では、なぜ「実」なのか。公式サイトがその由来を明かしています。

パッケージのデザインは「パンノキ(パンの木)」がモチーフになっている、というのです。デザイナーは「次々とパンができる夢のような木」というイメージからひらめき、パイが木になっているようなデザインを描き、「パイの実」と名付けたとされています。

パンノキは実在する熱帯の樹木で、でんぷんの多い大きな実をつけます。パンがなる木があるのなら、パイがなる木もあっていい。その発想が、そのまま商品名になりました。

つまりこの名前は、菓子の形を説明したものではありません。木になっている状態を想像させるための名前です。パッケージに描かれた木の絵も、その世界観の一部ということになります。

菓子の名前の由来には、意外な経路をたどるものがあります。割れた煎餅から来た例はチョコQ助の「Q助」は割れた煎餅のことで扱いました。

六角形であること

形にも特徴があります。一口サイズの六角形をしています。

六角形は、同じ形を並べたときに隙間ができにくい形です。蜂の巣がこの形になっているのはよく知られています。袋や箱に詰めることを考えると、丸より効率よく収まります。

もうひとつは、折りパイとの相性です。層が重なった生地を切り分けるとき、直線で断てる形のほうが作りやすくなります。丸く抜けば端の生地が余ります。

食べる側から見ても、角があるほうが歯を当てる場所が決まります。丸いものより、最初のひと噛みが安定します。

形が食べ方まで決めている例としては、板チョコ1枚は何グラム?で扱った溝の話が近い位置にあります。

層が食感を作る仕組み

層になっていることが、なぜサクサクにつながるのでしょうか。

理由は、生地と生地のあいだに油脂の膜が挟まっていることにあります。折りパイは、生地に油脂を挟んで折りたたむことを繰り返して作ります。焼くと油脂が溶け、水分が蒸気になって層を押し広げます。

こうして生まれるのは、薄い板が何枚も重なって、あいだに空洞がある構造です。噛むと一枚ずつ順に割れていきます。ひと噛みで一度崩れるのではなく、何度も小さく崩れる。これが軽さとして感じられます。

詰まった生地 層になった生地
断面 均一 薄い板と空洞が交互
噛んだとき 一度に崩れる 何度も小さく割れる
口に残る印象 重い 軽い

同じ折り込み生地を使った菓子やパンについてはパン・オ・ショコラとチョコクロワッサンの違いでも触れました。生地に油脂を挟んで折るという手法は、菓子とパンの両方にまたがっています。

チョコレートを閉じ込める

パイの実は、パイの中にチョコレートが入っています。この構造にも理由があります。

チョコレートを外側に塗ると、手や包みに移ります。溶ける温度が体温より低いためです。この性質はチョコレートが溶ける温度は何度?にまとめました。

内側に入れてしまえば、外側の生地が壁になります。持っても溶けにくく、包みも汚れません。公式サイトは「最後までチョコレートを感じられるように、パイとチョコを絶妙なバランスに調整」したと説明しています。

生地の中に中身を入れる構造という点では、チョコリエールはなぜ長く売れているのかで扱った商品と考え方が近くなります。外側で形を保ち、内側で味を出す。分担がはっきりしている作りです。

味の種類が多い

この菓子は、味の展開が広いことでも知られています。

定番のほかに季節限定のものがあり、地域限定の品も作られてきました。長野のりんご、京都の抹茶、静岡のみかん、沖縄の紅いもタルトといった具合に、土地の素材と組み合わせたものが並びます。

土産物として成立しているのは、常温で持ち運べて、個包装で配れるからです。この条件を満たす菓子は、旅先の売り場で強くなります。似た事情はチョコレートクランチはなぜ土産の定番なのかで扱いました。

中身を入れ替えれば別の商品になる。層になった外側が共通の器として働いているということです。

一口サイズであることの意味

大きさも、この菓子の性格を決めています。一口で食べきれるという点です。

板状の菓子は、途中でやめると断面が出ます。包み直すか、その場で食べきるかの判断が要ります。一口サイズなら、その判断が生まれません。何個食べるかだけを決めればよくなります。

袋から手で取れることも効いています。一つずつ個包装にする方式と比べると、開けるのは一度だけです。取り出す手間が少ないぶん、続けて食べる流れを止めません。

一方で、この形は途中で切り上げにくい形でもあります。区切りがないので、どこでやめるかを自分で決める必要があります。食べる量が気になる場合はチョコレートのカロリー一覧を参考にしてください。

サクサクが失われるとき

層の構造は利点ですが、弱点にもなります。湿気に弱いのです。

サクサクという感触は、生地が乾いていて、層のあいだに空洞がある状態で成り立ちます。そこに水分が入ると、薄い板がしんなりして、割れずに曲がるようになります。層は残っているのに、食感だけが失われるという状態です。

袋を開けたまま置いておくと、これが進みます。空気中の水分を生地が吸うためです。開けたら早めに食べきるか、袋の口を閉じておくほうが確実です。

チョコレートの側も温度の影響を受けます。保存の考え方はチョコレートの正しい保存方法にまとめました。外側は湿気を、中身は温度を気にする。一つの菓子に、二種類の弱点が同居していることになります。

層という発想

まとめると、この菓子の中心にあるのは層という考え方です。

64層という数字が商品の説明になり、その層が食感を作り、中に何を入れるかで種類が増えていく。名前だけが、層とは関係のない場所から来ています。パンがなる木があるなら、パイがなる木もあっていい、という発想です。

次に食べるときは、噛んだ回数を意識してみてください。一度で崩れず、何度も小さく割れていくはずです。その回数のもとが、六十四枚に重なった生地にあります。

参考文献

※商品の仕様やラインナップは変更されることがあります。最新の情報はメーカーの公式サイトでご確認ください。