箱を開けて、絵柄を確かめてから食べる。コアラのマーチは、中身よりも表面の絵を見られている珍しい菓子です。
なかでも有名なのが「まゆげのコアラを見つけると幸せになれる」という話です。ところがこのまゆげ、ロッテが幸運のしるしとして描いたものではありません。その正体を含めて、この商品の来歴を整理します。
1984年3月、コアラが来る前に発売された
コアラのマーチの発売は1984年3月です。ロッテ公式の年表に「3月『コアラのマーチ』が産声をあげました」と記されています。
同じ年表には、もうひとつの出来事が並んでいます。同年10月、多摩動物公園(東京都)にオーストラリアから2頭のコアラが初来日した、というものです。
順番に注意してください。商品が出たのは3月、コアラが来たのは10月。発売のほうが半年ほど先です。コアラ人気を見てから作ったのではなく、来ることが決まっている段階で作られていたことになります。
ロッテのチョコレート菓子の全体像はロッテのチョコレート全種類にまとめました。
「マーチ」はマーチングバンドから
名前の後半についても、公式に説明があります。
ロッテの担当者はこう語っています。「明るく、楽しくマーチングバンドを組んで日本にやってくるイメージを持たせたくて『コアラのマーチ』と命名しました。初代の絵柄12種類のうち、約半分が太鼓やラッパなどの楽器を持っていたのはそのためです」
つまり「マーチ」は行進のことで、コアラが楽隊を組んで日本へやってくるという場面を表しています。初来日の前に発売されたという事実と、この命名はぴったり噛み合います。
商品名が、これから起こる出来事を先取りしていたわけです。
まゆげは、まゆげではなかった
ここが本題です。同じ担当者が、まゆげコアラの正体を明かしています。
「まゆ毛のあるコアラは、元々は初代12種類の一つで、ラッパを吹いた時の顔のシワを表現したものです。当時は、まだ個々の絵柄に名前もなく、お客様が『まゆ毛』コアラと解釈して、噂となりました」
あの線はまゆげではなく、ラッパを吹いたときに顔にできるシワでした。そしてこれは、レアな絵柄として作られたものでもありません。初代12種類のうちの一つ、つまり普通に入っている絵柄です。
楽器を持ったコアラが半分を占めていたことを思い出すと、話はつながります。ラッパを吹く絵があるのは当然で、力を入れれば顔にシワが寄る。それが描かれていただけです。
| 広まった理解 | 公式の説明 | |
|---|---|---|
| あの線 | まゆげ | ラッパを吹いた顔のシワ |
| 位置づけ | レアな当たり絵柄 | 初代12種類のうちの一つ |
| 作った人 | 幸運のしるしとして意図 | 楽器を吹く表情として描いた |
噂が商品を育てた
では、なぜ噂になったのでしょうか。担当者の説明の中に手がかりがあります。当時はまだ個々の絵柄に名前がなかったのです。
名前のない絵が並んでいれば、見る側が勝手に名前を付けます。シワの線を「まゆげ」と読み、珍しいと感じ、意味を足す。説明が用意されていない余白に、客の側が物語を書き込んだことになります。
ロッテ公式の年表によれば、この噂が広まったのは1988年頃で、「女子高生の間では幸せの『まゆげコアラ』のブームが到来しました」と記されています。発売から4年後です。
作り手が仕掛けなかった話が、いちばん有名になった。絵柄を入れるという設計そのものが、こういう余地を生んでいたのだと考えられます。
絵柄は約700種類近い
絵柄はその後も増え続けました。公式の年表から数を並べると、増え方がはっきりします。
| 年 | 絵柄の数 |
|---|---|
| 1984年(発売時) | 12種類 |
| 1988年 | 24種類 |
| 1991年 | 48種類 |
| 1999年 | 102種類 |
そして現在について、担当者は「今では約700種類近くあると思うのですが、正確な数字は把握できていません」と述べています。
作っている側も総数を数え切れていない。これは長く続いた商品ならではの状態です。
絵柄の作り方についても説明があります。「デザイナーとブランド担当者が、そのときの流行事や、スポーツ、職業、イベントなどといった切り口で考えて追加しています」とのことです。中身のレシピを変えずに、絵柄だけで時代に合わせられる仕組みになっています。
「木から落ちない」という別の意味
コアラのマーチには、もうひとつ後から付いた意味があります。受験の縁起物としての使われ方です。
コアラが木にしがみついて落ちないことにかけて、合格祈願の菓子として扱われます。この種の縁起担ぎについては受験応援チョコレートにまとめました。
まゆげの噂と同じ構図です。商品の性質から客が意味を見つけ、それが定着していく。動物を題材にしたことで、こうした読み替えが起きやすくなっています。
コアラという動物そのものへの関心は、産地の菓子にも表れています。オーストラリアの菓子事情はオーストラリアのチョコ事情で扱いました。
中にチョコレートが入っている形
構造の話もしておきます。この菓子は、ビスケットの中にチョコレートが入っている形をしています。
外側にチョコレートを塗ると、手や包みに移ります。内側に入れれば、外の生地が壁になります。同じ考え方の商品としてはパイの実の64層やチョコリエールはなぜ長く売れているのかがあります。
絵柄を印刷する都合からも、この形は理にかなっています。外側が乾いた生地でなければ、絵は乗りません。チョコレートで覆われた表面に細かい絵を描くのは難しくなります。
つまり「絵柄が主役の菓子」であるためには、チョコレートが内側にいる必要があったわけです。
絵柄が売り物になるということ
菓子の価値は、普通は味で測られます。この商品はそこに一つ足しました。開けてから食べるまでの時間です。
箱から出して、絵を見て、隣の人に見せる。この数秒があるだけで、菓子は食べ物から話の種に変わります。同じ味のまま、体験の長さが伸びるわけです。
絵柄が多いことも、この時間を支えています。12種類しかなければ数回で見飽きます。数百種類あれば、何度買っても知らない絵が出てきます。総数を作り手も把握できていない、という状態がそのまま楽しみになっていることになります。
似た仕掛けを別の方法で実現した商品もあります。粒の断面に星の形が出る理由を扱ったチョコベビーの粒に星が入っている理由では、飴と同じ作り方で模様を入れていました。表面に描くか、断面に仕込むか。どちらも、食べる前に見る楽しみを作っています。
工場で作られる様子は見学できる
この菓子は、工場見学の土産として配られることもあります。
ロッテの工場見学では、見学後の土産にコアラのマーチが含まれる場合があります。全国の見学できる工場はチョコレート工場見学スポットにまとめました。
実物の製造工程を見ると、一粒ごとに絵柄が違うという状態がどれだけ手間のかかることなのかが想像しやすくなります。同じものを大量に作るのが工場の原則で、絵柄はその原則に逆らう要素です。
それでも四十年続いているのは、この逆らいが商品の中心にあるからでしょう。味を変えずに絵だけを入れ替える方式が、結果として長持ちする設計になっていました。
絵柄という余白
まとめると、この商品の面白さは説明しすぎなかったことにあります。
コアラが来る前に発売し、楽隊のイメージで名付け、絵に名前を付けずに並べた。そこへ客が「まゆげ」という読みを持ち込み、幸せのしるしという意味を足し、受験の縁起物という用途まで生まれました。
次に箱を開けたら、絵柄を一枚ずつ見てみてください。名前の付いていない絵がまだ並んでいます。そこに何を読むかは、いまも食べる側に任されています。
参考文献
※商品のラインナップや絵柄は変更されることがあります。最新の情報はメーカーの公式サイトでご確認ください。
