しっとりしたクッキーの中にチョコチップが入っている。カントリーマアムは、日本の菓子売り場に四十年以上並び続けている商品です。

名前の意味を考えたことはあるでしょうか。「マアム」とは何なのか。公式の説明を読むと、この商品が何を再現しようとしたのかが見えてきます。

1984年、不二家から

発売は1984年(昭和59年)です。作っているのは不二家で、公式のよくある質問にその年が記されています。

公式サイトでのブランド表記は「不二家チョコチップクッキー カントリーマアム」です。商品の側が自分を「チョコチップクッキー」と名乗っていることになります。

菓子の名前として定着しているのはこちらの呼び方ですが、正式な位置づけはチョコチップの入ったクッキーです。

名前は「田舎のお母さん」

由来については、公式のよくある質問に答えがあります。

「カントリーマアムは、アメリカの『田舎のお母さん(country ma’am)』の手作りクッキーをイメージして名付けられました」

つまり「マアム」は英語の ma’am で、女性への呼びかけの言葉です。カントリーは田舎。アメリカの田舎のお母さんが焼いたクッキーという場面が、そのまま商品名になっています。

日本の菓子でありながら、名前が指しているのは別の国の家庭です。輸入した菓子ではなく、輸入した情景だと言えます。

形が揃っていないことが、狙い

同じ回答には、続けてこう書かれています。

「お母さんが手作りしたような、ひとつひとつ少し形が違うカントリーマアム。不二家の工場で心を込めて作っています。」

ここが面白いところです。形が揃っていないことを、公式が特徴として挙げている。工場で作る菓子は、普通なら形の均一さを目指します。同じものが同じ形で出てくることが、品質の証しとされます。

ところがこの商品は逆を選びました。手作りに見せるために、あえて一定にしないわけです。名前が家庭の情景を指しているのだから、形も家庭のものに寄せる。名前と見た目が同じ方向を向いています。

一般的な工場の菓子 この商品
形 揃っていることが品質 少し違うことが特徴
目指す姿 工業製品としての精度 手作りの見た目
名前との関係 無関係 名前の情景に合わせている

「焼きたてクッキー」から来ている

発想の出発点も公式に説明があります。

開発の元になったのは、1970〜80年代にアメリカで登場した「焼きたてクッキー」です。当時のアメリカでは家庭で作る手作りクッキーが主流で、のちにクッキーショップが広がったとされています。

焼きたてという状態を、袋詰めの菓子で再現する。これがこの商品の課題でした。焼きたてのクッキーは中が柔らかく、時間が経つと固くなります。工場で作って店に並べるまでのあいだに、その柔らかさは失われるのが普通です。

日本で手作りのクッキーを焼く手順はチョコレートクッキーのレシピにまとめました。焼いた直後と冷えた後で食感が変わることは、家庭で作っても実感できます。

外はサックリ、中はしっとり

その課題への答えが、公式の商品説明にある一文です。

「外はサックリ、中はしっとり」という食感が、この商品の看板になっています。ブランドサイトには、焼きたてのクッキーを常温で冷ましておくことで、中はしっとり、外はサックリとした食感を実現したという説明があります。

二つの状態を一枚の中に同居させる、という設計です。全体が固ければ普通のクッキーになり、全体が柔らかければ生地のままになります。外側だけを乾かし、中の水分を残す。この差が食感の核になっています。

層の違いで食感を作る菓子は他にもあります。パイの実の64層では、薄い生地と空洞を交互に重ねる方法を扱いました。こちらは層ではなく、外と中の水分差で作っているという違いがあります。

チョコチップは「溶けないように」作られている

中に入っているチョコチップにも工夫があります。

ブランドサイトは、この商品のために厳選したチョコについて、クッキーに溶けて甘みが広がらないようにレシピを工夫したと説明しています。食べるたびに濃い甘さが広がるようにするためです。

これは理にかなった設計です。チョコレートは体温より低い温度で溶け始めます。この性質はチョコレートが溶ける温度は何度?にまとめました。

しっとりした生地の中にチョコレートを入れれば、放っておけば境目がぼやけます。溶けて生地に混ざってしまえば、粒として噛む体験は失われます。粒のまま残ることが、この菓子の食感の一部になっているわけです。

つまり生地は柔らかく、粒は溶けない。正反対の性質を隣に置いていることになります。

原材料に白ねりあんが入っている

原材料表示を見ると、意外なものが並んでいます。

公式に記載されている原材料名は、小麦粉、砂糖、植物油脂、チョコレートチップ、還元水あめ、卵、白ねりあん、ココア、全脂大豆粉、カカオマス、全粉乳、水あめ、アーモンドペースト、食塩などと続きます。

白ねりあんは、白いんげん豆などで作る和菓子の材料です。洋風のクッキーに和菓子の材料が入っている、ということになります。

もっとも、公式がこの材料を入れている目的を明言しているわけではないので、役割については踏み込みません。ただ、原材料表示を読むと商品の中身が見えてくるという例としては分かりやすいものです。

チョコレートチップとは別にカカオマスとココアも入っています。生地そのものにもカカオの成分が使われていることになります。それぞれが何であるかはカカオマス・ココアバター・ココアパウダーの違いとは?で扱いました。

味の種類が増えていく

この商品は、味の展開が広いことでも知られています。

公式サイトの商品一覧には、定番のほかにバニラや厳選チョコ、蜜芋といった種類が並びます。季節や期間を限った品も作られてきました。

味を増やしやすいのは、生地と粒という構造が変わらないからです。生地の風味を替えるか、中に入れる粒を替えるか。どちらを動かしても、外はサックリ中はしっとりという骨格は残ります。

同じやり方で種類を増やしている菓子はほかにもあります。パイの実の64層では、層になった外側を共通の器として使い、中身を入れ替えていました。形の設計が決まっていると、味の展開は後から足せるということになります。

逆に言えば、この骨格を崩す変更は難しいはずです。しっとりした生地をやめれば別の商品になり、粒を溶かしてしまえば食感が変わります。替えられる部分と替えられない部分が、はっきり分かれている設計です。

保存するときに気をつけたいこと

しっとりした食感は、置き方で変わります。

生地の水分が食感の核になっているので、乾けばサックリのほうへ寄っていきます。個包装のまま置いておくのが確実で、開けたら早めに食べるほうが本来の状態に近くなります。

逆に温度が上がると、中のチョコチップが柔らかくなります。溶けないように作られているとはいえ、チョコレートである以上、熱には限度があります。夏場に車内へ置くような扱いは避けたほうがよいでしょう。チョコレートと温度の関係はチョコレートの正しい保存方法にまとめました。

乾燥と高温の両方を避ける。外と中で性質が違う菓子なので、気をつける点も二つあることになります。

手作りの見立て

まとめると、この商品が売っているのは手作りの情景です。

名前はアメリカの田舎のお母さん。形はあえて揃えない。食感は焼きたてのクッキーを再現したもの。どの要素も、工場で作られていることを忘れさせる方向を向いています。

十二枚入りの商品は個包装になっていて、一枚ずつ取り出せます。家庭で焼いたクッキーが個包装で出てくることはありませんが、配りやすさという実用の側は工業製品のままです。

見立てと実用が両立している。長く売れている菓子には、こういう二面性があることが多いようです。

次に一枚食べるときは、形を隣のものと比べてみてください。揃っていないのは失敗ではなく、そういう設計だったということになります。

参考文献

※商品の仕様、原材料、内容量は変更されることがあります。最新の情報はメーカーの公式サイトでご確認ください。