夏祭りの夜、提灯の明かりの下に屋台が並びます。その中に、割り箸に刺したバナナをチョコレートで覆った菓子があります。チョコバナナです。

あまりに見慣れていて、ずっと昔からあるものだと思いがちですが、この菓子には生まれた年と場所が伝わっています。そしてその時期は、日本でバナナという果物の位置づけが大きく変わりつつあった頃と重なります。

屋台でいちばん素朴な菓子

作り方は、驚くほど単純です。生のバナナに割り箸を刺し、湯煎で溶かしたチョコレートに浸して、冷やし固める。バナナを切って串団子のように刺す形もあります。

焼くことも揚げることもありません。屋台の食べ物の多くが鉄板や油を使うなかで、この菓子は溶かして、くぐらせて、冷やすだけで出来上がります。

この単純さには意味があります。調理の工程が少なければ、限られた設備でも数を用意でき、作り置きもしやすい。火を使う料理に比べて、屋台という場所の制約にうまく収まる作り方です。

1970年、栃木の和菓子メーカーが考えた

チョコバナナを考案したとされるのは、栃木県小山市の和菓子メーカー「榊屋」の小林文雄社長です。開発したのは1970年(昭和45年)と伝えられています。

和菓子を作る会社が、チョコレートとバナナという洋風の組み合わせを考えた、というのは少し意外に感じられるかもしれません。当時はまだ高価な果物だったバナナに湯煎したチョコレートをかけ、縁日の屋台の商品として売り出したところ、一躍大ヒットしたとされています。

つまりこれは、最初から祭りの夜に売ることを前提にした菓子でした。家庭の台所や洋菓子店から広がったのではなく、屋台という舞台とともに生まれたことになります。

バナナは、まだ高い果物だった

ここで、当時のバナナの事情を見ておきます。今でこそ一年中安く買える果物ですが、昔からそうだったわけではありません。

戦後しばらく、バナナは超高級品でした。平均月収が約1万円だった時代に、卸値で1キロ約1000円という値がついていたとされます。気軽に口にできるものではありませんでした。

転機は1963年(昭和38年)のバナナ輸入自由化です。これを境にバナナは庶民の食卓に少しずつ並ぶようになり、1970年代にフィリピン産が大量に出回ると価格が下がって、日常の果物へと変わっていきました。

出来事
戦後〜1960年代初め バナナは高級品。卸値1キロ約1000円の時期も
1963年 バナナの輸入が自由化される
1970年 栃木の榊屋がチョコバナナを考案したとされる
1970年代 フィリピン産が大量に出回り、価格が下がる

年表にすると、生まれた位置がよく分かります。輸入自由化から7年、しかしまだ安くなりきる前。高級品だったバナナが、少しずつ手の届くものになりつつあった、ちょうどその途中です。

高い果物を、屋台で一本ずつ

このタイミングは、この菓子の性格をよく説明します。

房ごと買うにはまだ気が引ける果物でも、一本を割り箸に刺し、チョコレートで飾って、縁日の一品として売るなら話は変わります。高級だったバナナを、祭りの夜のささやかなぜいたくとして味わえる形にした。そう考えると、一気に広まった理由が見えてきます。

チョコレートで覆うことは、見た目の特別感も高めました。黄色い果物が、つややかな茶色に包まれて並ぶ。ふだんの果物ではなく、祭りの日の菓子という印象を、見た目が支えていたと言えるでしょう。

硬い殻と、やわらかい果肉

かじると、まず冷えて固まったチョコレートの殻が割れ、続いてやわらかい果肉に歯が届きます。硬いものとやわらかいものが、一口の中で順に来る。

この二段階は、チョコレートで何かを包む菓子に共通する楽しさです。硬さの違うものを重ねると、噛む動作が一度で終わらず、食感に変化が生まれます。同じ構造の菓子についてはチョコマシュマロはなぜ合うのかでも取り上げました。

バナナは果物の中でも水分が比較的少なく、ねっとりとした食感を持っています。果汁が滴るような果物に比べると、チョコレートの殻の中に収めやすい素材です。

串に刺すという形

割り箸や串に刺すという形も、屋台の菓子としてよくできています。

手を汚さずに持てるので、人混みの中を歩きながらでも食べられます。皿もいりません。焼き鳥や団子のように、串に刺した食べ物が縁日に多いのは、立ったまま、移動しながら食べるという祭りの食べ方に合っているからでしょう。

串は、食べる人にとっての持ち手であると同時に、作る人にとっての道具でもあります。串を持ってチョコレートにくぐらせれば、バナナに手で触れずに全体を覆える。食べる人の持ち手と、作る人の取っ手を、一本の割り箸が兼ねているわけです。

湯煎で溶かす理由

チョコレートを溶かすときに使われるのが湯煎です。鍋に直接かけるのではなく、お湯を張った器の上でボウルを温めて溶かします。

これは、チョコレートが熱に弱いからです。直接火にかけると底のほうだけが急に熱くなり、焦げたり、なめらかさが失われたりしやすくなります。湯煎ならお湯の温度より上には上がりにくく、全体をゆっくり均一に溶かせる

一本ずつくぐらせて覆うには、チョコレートがなめらかに流れる状態を保つことが大切です。湯煎という穏やかな温め方は、そのための手段になっています。

なぜ冷やして固めるのか

屋台の一本は、作る工程で冷やし固めます。これにも理由があります。

チョコレートは温度が上がると柔らかくなり、やがて溶けます。夏祭りの夜は気温が高く、固める前のチョコレートは流れ落ち、形も整いません。冷やすことで、チョコレートの殻を固く保っているのです。

チョコレートが溶ける温度の話はチョコレートが溶ける温度は何度?で、冷たいものにかけたチョコレートが固まる仕組みはチョコアイスのコーティングはなぜパリッと割れるのかで扱っています。温度でチョコレートの状態が変わるという点では、バナナを包む殻も同じ理屈の上にあります。

アメリカには「フローズンバナナ」があった

バナナをチョコレートで覆うという発想は、日本だけのものではありません。アメリカには1940年ごろからフローズンバナナと呼ばれる菓子があり、チョコレートやヨーグルトでコーティングされていました。

名前のとおり、こちらは凍らせて食べるものです。一方、日本のチョコバナナは冷蔵庫などで冷やし固めるのが基本で、バナナのやわらかさを残した食感になります。

同じ組み合わせでも、凍らせるか冷やすかで、食べ物としての性格が変わる。アイスに近い冷たさを楽しむ菓子と、果物の食感を残す屋台の菓子。似ているようで、行き着いた先は少し違います。

家で作るときのコツ

家庭でも手軽に作れます。気をつけたい点は三つです。

バナナの表面の水気を拭いてから浸す。表面が濡れているとチョコレートが絡みにくく、はがれやすくなります。

チョコレートを高温にしすぎない。加熱しすぎると分離の原因になります。湯煎の温度や手順はチョコレートの溶かし方を参考にしてください。

作ったら早めに食べる。生の果物を使っているため、市販の菓子のように日持ちはしません。その日のうちに食べきるのが安心です。

バナナにチョコレートを絡める楽しみ方は、フォンデュでも味わえます。具材の選び方はチョコレートフォンデュの作り方にまとめました。

祭りの夜の、ささやかなぜいたく

いまのチョコバナナは、手軽な屋台の菓子です。けれど生まれたときの事情をたどると、そこには高級品だったバナナを、祭りの日に楽しめる形にしたという工夫がありました。

輸入自由化で手に入りやすくなり始めた果物と、湯煎で溶かしたチョコレートと、縁日という舞台。三つが重なった1970年に、この菓子は生まれています。次に屋台で見かけたら、その一本に込められた半世紀前のぜいたくを思い出してみてください。

参考文献

※起源に関する記述は、テレビ番組での紹介を出典とする資料によります。