チョコレートパウンドケーキのレシピを見ていると、材料の分量がばらばらであることに気づきます。小麦粉が多いもの、バターが少ないもの、ココアパウダーの量もさまざまです。

もともとパウンドケーキは、分量を覚える必要がない菓子でした。名前そのものが配合を表していたからです。そこにチョコレートが加わると、その単純さが崩れます。この記事では、原型の配合をたどりながら、チョコレートをどう組み込むのかを考えます。

名前は「1ポンドずつ」から来ている

パウンドケーキという名前の由来は、そのまま重さの単位です。小麦粉、卵、砂糖、バターの4つを基本材料とし、それぞれ1ポンドずつ用いたことから、この名前がつきました。

発祥は18世紀初頭とされ、イギリスやフランスのブルターニュ地方の名が挙げられます。年代や発祥地については資料によって記述に幅があります。

注目したいのは、この配合が覚えやすさのために選ばれているという点です。当時の家庭に正確な計量器があったとは限りません。四つの材料を同じ重さずつ使う、という決め方であれば、秤がひとつあれば作れます。あるいは、同じ器で量を揃えるだけでも形になります。

レシピを覚えなくても作れる。それがこの菓子の設計思想でした。

分量を覚えなくてよい、という発想

いまの感覚だと、レシピは本やスマートフォンで見るものです。分量が複雑でも、手元に表示しておけば作れます。

この菓子が生まれた時代は、そうではありませんでした。作り方は、覚えて伝えるものです。となると、分量が複雑な菓子は広まりません。

四つの材料を同じだけ。この決め方なら、一度聞けば忘れません。道具も、正確な秤がなくても代用がききます。同じ器で四回量れば、比率は揃います。

覚えやすさが、そのまま広まりやすさになる。パウンドケーキが各地に根づいた背景には、味だけでなくこの単純さがあったと考えられます。名前が配合を示しているのも、同じ理由からでしょう。

フランスでは「四分の四」と呼ぶ

同じ菓子は、フランスではカトルカール(quatre-quarts)と呼ばれます。意味は「四分の四」です。

国 呼び名 意味するもの
イギリス パウンドケーキ 各材料を1ポンドずつ
フランス カトルカール 四分の四

片方は重さの単位で、もう片方は割合で表しています。着目点は違っても、指しているのは同じ関係です。四つの材料が等しく並んでいる、ということを、それぞれの言い方で示しています。

名前が配合そのものである菓子は、そう多くありません。多くの焼き菓子は形や産地、人名から名付けられます。パウンドケーキの名前は、作り方の説明書きに近いものです。

現代の配合は、少しずれている

もっとも、いま作られているパウンドケーキが、必ずしも四つ同量とは限りません。

一般的には小麦粉、卵、砂糖、油脂を等量使いますが、油脂のみ半量にして調製する場合もあるとされています。バターをサラダ油などに置き換えることもあります。

同量で作ると、かなり重く、しっかりした焼き上がりになります。現代の好みからすると、もう少し軽いほうが食べやすい。だから油脂を減らす調整が生まれました。

つまり原型の「四つ同量」は、すでに出発点でしかないということです。ここを押さえておくと、チョコレートを足すときの考え方も見えてきます。

チョコレートを足すと、均衡が崩れる

ここからが本題です。チョコレートパウンドケーキを作るとき、チョコレートは五つめの材料として加わります。

問題は、チョコレートが単一の材料ではないことです。板チョコにはカカオ由来の固形分と油脂、そして砂糖が含まれています。つまりチョコレートを加えるという行為は、油脂と砂糖と固形分を同時に足すことを意味します。

四つを同量にして均衡を取っていたところへ、三つの要素をまとめて持ち込む。そのまま加えれば、油脂も糖分も過剰になります。生地は重くなり、焼き上がりが締まりすぎることもあります。

だからチョコレートを使うレシピでは、ほかの材料を減らす調整が必要になります。砂糖を控えめにする、バターを減らす、といった記述がレシピによって違うのは、どの材料でつじつまを合わせるかの判断が分かれるからです。

ココアパウダーを使う場合

もうひとつの方法が、チョコレートではなくココアパウダーを使うやり方です。

ココアパウダーは、カカオマスから油脂を搾ったあとに残る粉です。油脂が少なく、砂糖も入っていません。ほぼ粉として振る舞うため、小麦粉の一部を置き換える形で使えます。

溶かしたチョコレート ココアパウダー
持ち込むもの 油脂・糖分・カカオ固形分 おもにカカオ固形分
置き換える相手 バターや砂糖 小麦粉の一部
生地への影響 重くなりやすい 比較的そのまま足せる

原料それぞれの違いはカカオマス・ココアバター・ココアパウダーの違いとは?にまとめました。どちらを使うかで、調整すべき材料が変わる。これが、レシピによって分量がばらばらに見える理由です。

両方を併用するレシピも多くあります。ココアパウダーで色と香りを出し、チョコレートでコクを足す。それぞれの役割を分けているわけです。

焼き上がりが重くなるという性質

チョコレートを使ったパウンドケーキは、プレーンのものよりしっとりと重い仕上がりになりがちです。

理由のひとつは油脂です。チョコレートに含まれるココアバターは、冷えると固まります。焼き上がって冷めていく過程で、この油脂が生地の中で固まり、全体を締めます。

もうひとつはカカオの固形分です。粉のように振る舞いますが、小麦粉のようにグルテンを作るわけではありません。膨らみを支える力は持っていないため、入れる量が多いほど生地の構造は弱くなります。

焼き上がりが締まって見えるとき、それは失敗ではなく性質かもしれません。より軽くしたい場合は、ココアパウダーの割合を見直すほうが確実です。

チョコレートを溶かす作業でつまずく場合はチョコレートの溶かし方を参考にしてください。加熱しすぎると分離し、生地に混ぜたときに口当たりが悪くなります。

日持ちする焼き菓子という側面

パウンドケーキは、焼き菓子のなかでも比較的日持ちのする部類に入ります。

理由は配合にあります。砂糖と油脂が多く、水分が少ない。生クリームを使った菓子のように、短時間で状態が変わることがありません。むしろ焼いた翌日以降のほうが、生地が落ち着いて食べやすいと言われることもあります。

贈り物に選ばれやすいのも、この性質と関係しています。渡すまでに時間がかかっても崩れにくく、常温で持ち運べる。切り分けて配ることもできます。

チョコレートを加えると、この点はさらに強まる方向に働きます。ココアバターは冷えると固まるため、生地が締まって形を保ちやすくなります。ただし冷やしすぎると固くなりすぎるので、食べる前に室温へ戻すほうが口当たりは良くなります。

名前が教えてくれること

パウンドケーキの名前は、三百年前の配合を今も伝えています。四つの材料を同じだけ使う、というだけの決まりごとが、菓子の名前として残り続けている。

そこにチョコレートを加えるというのは、完成された比率に手を入れることでもあります。どこを削り、どこを足すのか。レシピごとの違いは、その判断の違いです。

作るときは、分量を眺めてみてください。どの材料が減らされているかを見れば、そのレシピが何を優先しているのかが読み取れます。ほかの焼き菓子の配合と比べたい場合はチョコレートケーキ レシピも参考になります。

参考文献

※レシピによって配合や手順は異なります。実際に作る際は各レシピの指示に従ってください。