今や世界中で愛されるお菓子、チョコレート。しかし、かつてチョコレートは「薬」であり、「神への捧げもの」であり、「貨幣」でもあったことをご存知ですか?
チョコレートの歴史は、なんと5000年以上。しかも、私たちが知っている「甘くて固形のチョコレート」が生まれたのは、わずか170年ほど前のことです。
この記事では、カカオが「神の食べ物」と崇められた古代から、苦い飲み物「ショコラトル」を経て、現代のチョコレートへと進化した歴史を、年表付きでわかりやすく解説します。
チョコレートの起源|5000年前のエクアドル
カカオは「神の食べ物」
チョコレートの原料であるカカオの学名は「テオブロマ・カカオ(Theobroma cacao)」。この名前の意味を知ると、古代の人々がカカオをどう見ていたかが分かります。
- テオ(Theo)= 神
- ブロマ(Broma)= 食べ物
つまり、「神の食べ物」という意味なのです。
カカオの最古の利用記録は、紀元前3300年頃のエクアドルにさかのぼります。その後、紀元前2000年頃にはメソアメリカ(中米)で栽培が始まり、オルメカ文明で「人類初のカカオ利用」が行われたと言われています。
神話に登場するカカオ
古代メソアメリカの人々にとって、カカオは神聖な存在でした。
アステカ神話では、文化や農耕の神「ケツァルコアトル」が人々にカカオを授けたとされています。
マヤの人々は、カカオの実は「神々が自らの血を注いで育てたもの」と信じていました。血は生命の象徴であり、カカオは神からの贈り物だったのです。
アステカ帝国の「苦い水」ショコラトル
ショコラトル=「にがい水」が語源
現代の「チョコレート」という言葉の語源をご存知ですか?
それは、アステカで飲まれていた「ショコラトル(Xocolatl)」という飲み物の名前です。ナワ族の言葉で「苦い水(にがい水)」を意味します。
現代のチョコレートとは全く違う、甘くない、苦くてスパイシーな飲み物でした。
ショコラトルの作り方と味
アステカの人々は、以下のようにショコラトルを作っていました。
- カカオ豆を乾燥させ、炒る
- 殻を取り除く
- 「メターテ」(平石臼)に入れ、「マノ」(すり棒)で粉砕
- 水で少しずつ溶かす
- とうもろこし粉、トウガラシ、アチョテ(食紅)を加える
- よく泡立てて飲む
味の特徴:
- 非常に苦い
- スパイシー
- 甘味なし
- 冷たい飲み物
現代のホットチョコレートとは全く違う飲み物だったのです。

皇帝モンテスマ2世の逸話
アステカ帝国の皇帝モンテスマ2世(在位1502-1520年)は、ショコラトルを愛飲したことで知られています。
なんと、黄金のカップで1日に50杯も飲んでいたと伝えられています。
皇帝のショコラトルは特別で、はちみつで甘みをつけ、バニラなどのスパイスで香りをつけた「特製バージョン」でした。モンテスマが50杯も飲んだ理由は、媚薬(精力剤)としての効果を期待していたからだと言われています。
万能薬としてのカカオ|アステカでの薬効
「不老長寿の薬」として期待された効能
アステカでは、カカオは「不老長寿の薬」として様々な効能が信じられていました。
| 期待された効能 | 用途 |
|---|---|
| 疲労回復 | 戦士の士気高揚 |
| 滋養強壮 | 体力増進 |
| のどの炎症緩和 | 風邪の治療 |
| 胃潰瘍の治療 | 消化器系の改善 |
| 食欲不振の改善 | 食欲増進 |
| 解熱作用 | 熱冷まし |
| 毒消し | 解毒作用 |
| 精神高揚 | 気分の向上 |
カカオに様々な薬草を混ぜて、病気の治療に用いられることもありました。
また、戦士たちは戦いの前にショコラトルを飲んで士気を高めたと言われています。「血液の象徴」であるカカオは、力を授けるものと信じられていたのです。
媚薬としてのカカオ
アステカでは、カカオには精力増強効果があると信じられていました。
そのため、女性が「乱れる」ことのないよう、女性のショコラトル飲用は禁止されていたといいます。ショコラトルを口にすることが許されたのは、王族や戦士などの男性のみでした。
貨幣としてのカカオ
カカオは薬であると同時に、貨幣としても流通していました。
| カカオ豆の数 | 交換できるもの |
|---|---|
| 1粒 | 大きなトマト1個 |
| 2粒 | 鶏の卵1個 |
| 100粒 | 野ウサギ1羽 |
| 200粒 | 雄の七面鳥1羽 |
税金もカカオで徴収され、支配地域からの貢物としてカカオが納められていました。カカオはまさに「万能」の存在だったのです。
ヨーロッパへの伝来|門外不出の100年間
コルテスがスペインに持ち帰る(1528年)
カカオがヨーロッパに伝わったきっかけは、スペインによるアステカ征服でした。
年表:
- 1502年:コロンブスがホンジュラス沖でカカオに遭遇(しかし価値に気づかず)
- 1519年:スペイン人征服者エルナン・コルテスがアステカに到着
- 1519年:モンテスマ2世と面会、ショコラトルを味わう
- 1521年:アステカを征服
- 1528年:スペイン国王カルロス1世にカカオを献上
コルテスはカカオの薬としての効能と金銭的価値に気づき、本国に持ち帰ったのです。
スペインの100年独占
カカオの価値に気づいたスペインは、その存在を約100年間も門外不出としました。
- カカオは王侯貴族のみが飲める高価な飲み物
- 主に薬として、また滋養のために飲まれた
- スペイン人ははちみつを加えて甘くした
当時のカカオは非常に高価で、庶民には手が届かない存在でした。
ヨーロッパ各国への広がり
スペインが独占していたカカオも、やがてヨーロッパ各国に広がっていきます。
| 年代 | 国 | 経緯 |
|---|---|---|
| 1600年頃 | イタリア | 聖職者や商人を通じて |
| 1615年 | フランス | スペイン王女の嫁入りと共に |
| 1650年頃 | イギリス | コーヒーハウスで提供開始 |
| 1700年頃 | ドイツ、オーストリア | 貴族社会に普及 |
ヨーロッパでは、苦いショコラトルに砂糖を大量に加えて甘くするようになり、「苦い薬」から「甘い嗜好品」へと変化していきました。

飲み物から食べ物へ|19世紀の技術革新
チョコレートが「飲み物」から「食べ物」に変わったのは、19世紀の技術革新がきっかけです。わずか50年ほどの間に、4人の発明家が現代チョコレートの基礎を築きました。
バンホーテンのココア発明(1828年)
オランダ人C.J.バンホーテンは、1828年に2つの重要な発明をしました。
- ダッチプロセス製法:カカオをアルカリ処理して風味を柔らかくする
- 圧搾機:カカオ豆からカカオバターとカカオパウダーを分離する
これにより、より飲みやすい「ココア」が誕生。現在も「バンホーテン」ブランドは世界中で愛されています。
フライの固形チョコレート(1847年)
イギリスの菓子メーカー、ジョセフ・フライは、バンホーテンの発明を応用しました。
- ココアパウダー+砂糖+カカオバターを混ぜて固形化
- 世界初の「食べるチョコレート(イーティングチョコレート)」
これにより、チョコレートは携帯性と保存性が向上。「飲み物」から「食べ物」への大転換でした。
ペーターのミルクチョコレート(1876年)
スイス人ダニエル・ペーター(元蝋燭職人)は、チョコレートに濃縮ミルクを加えることに成功しました。
- ネスレの創業者アンリ・ネスレと協力
- マイルドで食べやすい「ミルクチョコレート」の誕生
- 現代のチョコレートの原型
リンツのコンチェ発明(1879年)
スイス人ロドルフ・リンツは、「コンチェ(精錬機)」を発明しました。
- チョコレートを長時間練り上げる技術
- なめらかな口溶けを実現
- 現代チョコレートの品質を決定づけた発明
リンツは現在も「リンツ(Lindt)」として高級チョコレートブランドを展開しています。
日本への伝来|「しょくらあと」から明治チョコへ
最古の記録は1797年・長崎
日本におけるチョコレートの最古の記録は、1797年のことです。
長崎の花街(丸山)で、遊女がオランダ人から受け取った「贈り物リスト」にその名が残っています。
「しょくらあと」
当時のチョコレートは、削ったものを砂糖と一緒にお湯に溶いて飲む、「薬のようなもの」として認識されていました。甘いお菓子ではなく、滋養強壮のための飲み物だったのです。
明治時代の洋行と国産化
1873年、岩倉使節団がフランスのチョコレート工場を見学。これが日本における本格的なチョコレート導入のきっかけとなりました。
- 1878年頃:日本初の国産チョコレート(諸説あり)
- 当時は輸入品が中心で非常に高価
森永・明治の創業と庶民への普及
大正時代に入ると、日本のチョコレート産業が本格的に始まります。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1899年 | 森永製菓創業 |
| 1916年 | 森永、国産ミルクチョコレート発売 |
| 1918年 | 明治製菓創業 |
| 1926年 | 明治ミルクチョコレート発売 |
しかし、戦前のチョコレートはまだ高価な贅沢品。庶民には手が届きませんでした。
1937年の日中戦争以降、カカオ輸入は制限され、1940〜1950年には完全に停止。チョコレートは「幻のお菓子」となりました。
転機は1950年のカカオ輸入再開、そして1960年の輸入自由化。これにより、チョコレートは日本の庶民にも手が届くお菓子として普及していったのです。
【年表】チョコレート5000年の歴史
古代〜中世(紀元前〜15世紀)
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前3300年頃 | エクアドルでカカオが食用に |
| 紀元前2000年頃 | メソアメリカで栽培開始 |
| オルメカ文明 | 人類初のカカオ利用 |
| 14世紀 | アステカで薬・貨幣・神への捧げものに |
大航海時代〜近代(16〜19世紀)
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 1502年 | コロンブスがカカオに遭遇 |
| 1519年 | コルテスがアステカでショコラトルを味わう |
| 1521年 | アステカ征服 |
| 1528年 | コルテスがスペイン国王にカカオを献上 |
| 1600年頃 | イタリアに伝来 |
| 1615年 | フランスに伝来 |
| 1650年頃 | イギリスに伝来 |
| 1828年 | バンホーテン、ココア発明(オランダ) |
| 1847年 | フライ、固形チョコレート発明(イギリス) |
| 1876年 | ペーター、ミルクチョコレート発明(スイス) |
| 1879年 | リンツ、コンチェ発明(スイス) |
日本のチョコレート史
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 1797年 | 日本最古のチョコレート記録(長崎「しょくらあと」) |
| 1873年 | 岩倉使節団がフランス工場見学 |
| 1899年 | 森永製菓創業 |
| 1918年 | 明治製菓創業 |
| 1940-1950年 | カカオ輸入停止 |
| 1960年 | カカオ輸入自由化、庶民に普及 |

まとめ|神の食べ物から世界のお菓子へ
チョコレート5000年の歴史を振り返りました。
ポイントをおさらい:
- カカオは5000年以上前から人類と共にあった
- 「神の食べ物」として崇められ、薬・貨幣・神への捧げものとして使われた
- アステカの「ショコラトル」は苦くてスパイシーな飲み物だった
- モンテスマ2世は1日50杯も飲んでいた
- スペインが100年間門外不出としていた
- 19世紀の技術革新(バンホーテン、フライ、ペーター、リンツ)で現代チョコレートが誕生
- 日本には1797年に「薬」として伝わった
次にチョコレートを食べるとき、5000年の歴史を思い浮かべてみてください。「神の食べ物」と呼ばれたカカオの長い旅が、あなたの手元に届いているのです。
参考情報:
- 明治 Hello, Chocolate「チョコレートの歴史を解説」
- 日本チョコレート・ココア協会「チョコレートの始まり」
- ダンデライオンチョコレート「チョコレートの歴史を知ろう」
- GODIVA「チョコレートの文化と歴史」
- サロン・デュ・ショコラ「チョコレートの歴史」
この記事を書いた人
佐藤 真理子(チョコレートライター)
フリーランスのフードライターとして10年以上活動。Bean to Barチョコレートとの出会いをきっかけに、カカオの世界にのめり込む。国内外のチョコレート専門店への取材経験多数。「難しいことを分かりやすく」をモットーに、チョコレートの魅力を伝える記事を執筆している。

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