「板チョコを発明したのはイギリス人」——こんなトリビアを聞いたことはありませんか?
チョコレートといえばベルギーやスイスのイメージが強いかもしれませんが、実は私たちが日常的に食べている「固形チョコレート」を世界で初めて作ったのは、1847年のイギリスでした。
しかも、イギリスのチョコレート産業を築いたのはクエーカー教徒という宗教的な一派。そして、日本でもおなじみのキットカットがイギリス生まれだということをご存じでしょうか。
この記事では、イギリスとチョコレートの意外な歴史を、時系列で分かりやすく解説します。SNSで共有したくなるようなトリビアが満載ですので、ぜひ最後までお読みください。
チョコレートが「飲み物」だった時代
現代では「チョコレート=板チョコ」というイメージが定着していますが、実は19世紀半ばまで、チョコレートは「飲み物」でした。
17世紀イギリスのチョコレートハウス
イギリスにチョコレートが伝わったのは17世紀のこと。1656〜1657年頃、ロンドンに最初のチョコレートハウスが開店しました。
チョコレートハウスとは、コーヒーハウスと並ぶ上流階級の社交場でした。

| チョコレートハウスの特徴 |
|---|
| 暖かいチョコレートドリンクを提供 |
| 政治や経済を論じる場 |
| 賭け事も行われた |
| 非常に高価で裕福な人々のみが利用 |
当時のチョコレートドリンクは、ココアパウダーと砂糖をお湯に溶かしたもの。現代のホットチョコレートとは異なり、苦くてスパイシーな味わいでした。香辛料を加えることも多く、今の私たちが飲んだら驚くような風味だったようです。
「万能薬」として信じられていた
興味深いことに、当時のイギリス上流階級は、チョコレートドリンクを「結核に効く万能薬」だと信じていました。
滋養強壮に良いとされ、健康飲料としての側面もあったのです。お金持ちの間では「体に良い贅沢品」として人気を博していました。
1847年、「食べるチョコレート」の発明
チョコレートの歴史において、1847年は革命的な年です。この年、イギリスで世界初の「食べるチョコレート」が誕生しました。
ジョセフ・フライの歴史的発明
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発明者 | ジョセフ・フライ(Joseph Fry) |
| 会社 | J.S.フライ・アンド・サンズ社 |
| 年 | 1847年 |
| 発明内容 | 固形チョコレート(Eating Chocolate) |

それまでのチョコレートは、ココアパウダーと砂糖をお湯に溶かした飲み物でした。
ジョセフ・フライは、ここに画期的なアイデアを加えます。お湯の代わりにココアバターを加えてみたのです。
すると、冷やすと固体になり、口の中では体温で溶ける——そんな新しい形態のチョコレートが完成しました。これが「Eating Chocolate(食べるチョコレート)」と呼ばれた、世界初の固形チョコレートです。
オランダの技術革新が背景に
固形チョコレートの発明には、重要な前段階がありました。
1828年、オランダのファン・ハウテン(バンホーテンの創業者)が、カカオ豆からココアパウダーとココアバターを分離する方法の特許を取得しました。
この技術によって初めて、ココアバターを単独で取り出すことが可能になったのです。フライがココアバターを固形化に利用できたのは、このオランダの技術革新があったからこそでした。
クエーカー教徒が築いた3大チョコレートメーカー
イギリスのチョコレート産業を語る上で、絶対に欠かせないキーワードがあります。それが「クエーカー教徒」です。
クエーカー教徒とは?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | キリスト友会(Religious Society of Friends) |
| 特徴 | 平等主義、博愛主義、禁酒運動 |
| 歴史的背景 | 非国教徒として弾圧され、公職や大学から排除 |
| 結果 | 商業分野で活躍し、強い結束力を持つ |
クエーカー教徒は、17世紀のイギリスで生まれたキリスト教の一派です。「すべての人は神の前に平等である」という信念を持ち、質素な生活と社会貢献を重視していました。
しかし、国教会(イギリス国教会)以外の宗派は迫害の対象となり、公職に就くことも大学に進学することも禁じられていました。
なぜクエーカーがチョコレート産業に?
公職から締め出されたクエーカー教徒たちは、商業の世界で生計を立てる道を選びました。そして、彼らがチョコレート産業に参入した理由には、宗教的な背景がありました。
1. 禁酒運動
クエーカー教徒は禁酒を重視していました。アルコールに代わる健康的な飲み物として、チョコレートドリンクを推奨したのです。
2. 博愛主義
「世のため、人のため」という経営理念は、チョコレートという嗜好品を通じて人々に幸福を届けるという考えと合致していました。
3. ネットワーク
迫害を受けていたからこそ、クエーカー教徒同士の結束は強固でした。ビジネスにおいても、この信頼関係が大きな力となりました。
イギリス3大チョコレートメーカー
そして、イギリスのチョコレート産業を牽引した3大メーカーは、すべてクエーカー教徒が創業しました。

| 会社名 | 創業年 | 創業者 | 代表的な功績 |
|---|---|---|---|
| フライ | 1761年 | ジョセフ・フライ | 固形チョコレートを発明 |
| キャドバリー | 1824年 | ジョン・キャドバリー | デイリーミルク、王室御用達 |
| ラウントリー | 1862年 | ジョセフ・ラウントリー | キットカットを発明 |
この3社は、互いにライバルでありながらも、同じクエーカーとしての価値観を共有していました。競争だけでなく、業界全体の発展を目指す姿勢が、イギリスのチョコレート文化を豊かにしたのです。
キャドバリーの歴史と革新
3大メーカーの中でも、特に有名なのがキャドバリー(Cadbury)です。紫色のパッケージでおなじみのこのブランドは、2024年に創業200周年を迎えました。

創業から王室御用達へ
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1824年 | ジョン・キャドバリーがバーミンガムで食料品店を創業 |
| 1854年 | イギリス王室御用達に認可 |
| 1879年 | ボーンビル村の建設開始 |
| 1905年 | デイリーミルク発売 |
| 2010年 | アメリカのクラフトフーズに買収 |
| 2024年 | 創業200周年 |
1854年には早くもイギリス王室御用達の栄誉を受けています。これは品質の高さと信頼性が認められた証拠でした。
「デイリーミルク」の革新
1905年に発売されたデイリーミルク(Dairy Milk)は、キャドバリーを代表する商品となりました。
当時、ミルクチョコレートといえば粉ミルクを使用するのが主流でした。しかし、キャドバリーは「生乳(新鮮な牛乳)」を使用したミルクチョコレートの開発に成功したのです。
生乳を使うことで、より濃厚でクリーミーな味わいが実現。この革新により、デイリーミルクはイギリスで最も愛されるチョコレートの一つとなりました。
ボーンビル村——福祉事業の先駆者
キャドバリー家の特筆すべき点は、福祉事業への貢献です。
1879年から、キャドバリーは工場労働者のための「ボーンビル村(Bournville)」を建設しました。これは単なる社宅ではなく、一つの理想的な町を作るプロジェクトでした。
| ボーンビル村の特徴 |
|---|
| 労働者とその家族のための住宅 |
| 従業員への年金制度 |
| 医療サービスの提供 |
| 教育施設の整備 |
| 公園や緑地の整備 |
これらは当時としては革新的な福祉事業でした。労働者を単なる「働き手」ではなく、「大切にすべき人間」として扱う——クエーカーの博愛精神が、このような先進的な取り組みを生み出したのです。
ボーンビル村は現在も存在し、イギリスの産業史・福祉史における重要な遺産として保存されています。
キットカットはイギリス生まれ!
日本でもおなじみのキットカット(KitKat)。実は、このお菓子はイギリス生まれだということをご存じでしょうか。

ラウントリー社とキットカットの誕生
キットカットを生み出したのは、3大メーカーの一つラウントリー社です。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1862年 | ヨーク市で創業 |
| 1935年 | キットカット発売(当初の名前は「チョコレート・クリスプ」) |
| 1937年 | 「キットカット」に改名 |
| 1988年 | ネスレに買収 |
1935年に発売された当初、この商品は「チョコレート・クリスプ(Chocolate Crisp)」という名前でした。1937年に「キットカット」へと改名されます。
名前の由来は文学クラブ
「キットカット」という名前の由来は、18世紀ロンドンに存在した「キットキャットクラブ(Kit-Cat Club)」という文学・政治クラブです。
著名な作家や政治家が集まったこのクラブの名前は、イギリス人にとって「洗練された社交」のイメージを想起させるものでした。
世界で愛されるイギリス発のお菓子
ラウントリー社は1988年にスイスのネスレに買収されました。現在、日本で販売されているキットカットはネスレ日本が製造しています。
日本では抹茶味や地域限定フレーバーなど、300種類以上のバリエーションが発売されてきました。しかし、その原点はイギリス・ヨークの小さなチョコレート工場にあったのです。
イギリスチョコレートの現在
かつてイギリスのチョコレート産業を牽引した3大メーカーは、現在どうなっているのでしょうか。
3大メーカーのその後
| 会社 | 現在の状況 |
|---|---|
| フライ | 1919年にキャドバリーと合併 |
| キャドバリー | 2010年にクラフトフーズ(現モンデリーズ)が買収 |
| ラウントリー | 1988年にネスレが買収 |
クエーカー教徒が築いた3大メーカーは、すべて外資に買収されてしまいました。
特に2010年のキャドバリー買収は、イギリス国内で大きな議論を呼びました。200年近い歴史を持つイギリスの象徴的なブランドが、アメリカ企業の手に渡ることに対する反発があったのです。
現代のイギリスチョコレートブランド
しかし、ブランドとしてはしっかりと存続しています。また、新しいイギリス発のチョコレートブランドも台頭しています。
| ブランド | 特徴 |
|---|---|
| キャドバリー | デイリーミルク、クリームエッグなど(現モンデリーズ傘下) |
| ソーントンズ | 高級チョコレート専門店チェーン |
| ホテルショコラ | Bean to Barを実践、カカオ農園を所有 |
特にホテルショコラ(Hotel Chocolat)は、自社でカカオ農園を所有し、カカオ豆からチョコレートになるまでの全工程を管理する「Bean to Bar」を実践。現代的なアプローチでイギリスのチョコレート文化を牽引しています。
まとめ
イギリスとチョコレートの歴史を振り返ってみましょう。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1656〜1657年 | ロンドンに最初のチョコレートハウスが開店 |
| 1761年 | フライ社創業 |
| 1824年 | キャドバリー社創業 |
| 1828年 | ファン・ハウテンがココアバター分離技術を特許取得 |
| 1847年 | ジョセフ・フライが固形チョコレートを発明 |
| 1862年 | ラウントリー社創業 |
| 1905年 | キャドバリーがデイリーミルクを発売 |
| 1935年 | ラウントリーがキットカットを発売 |
イギリスチョコレートの歴史を知るポイント
- 1847年、ジョセフ・フライが固形チョコレートを発明 – 私たちが食べる「板チョコ」の原点
- クエーカー教徒の3社(フライ、キャドバリー、ラウントリー)がイギリスチョコレート産業を築いた
- キットカットはイギリス・ラウントリー社が1935年に発売 – 意外と知られていない事実
- 現在3社は外資に買収されたが、ブランドは健在
「板チョコはイギリスで生まれた」——このトリビアが、単なる雑学ではなく、クエーカー教徒の博愛精神や産業革命の技術革新と結びついていることがお分かりいただけたでしょうか。
次にキットカットを食べるとき、その起源がイギリス・ヨークの小さな工場にあることを思い出してみてください。きっと、いつもと違う味わいがするはずです。
著者: 佐藤 真理子(チョコレートライター)
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